男性ホルモンのひとつであるテストステロンは、男性らしい筋肉や骨格の形成や男性の性機能を高める作用があり、思考パターンなどのメンタル面にも大きく影響しています。最近注目されるようになったLOH症候群と呼ばれる男性の更年期障害にもテストステロン値の減少が関与しています。
テストステロンとは男性ホルモンのひとつでヒトの体内で合成されています。男性の場合は約95%が睾丸(精巣)で、残る5%が副腎で合成され分泌されます。女性でも男性の1割程度の量が、卵巣や副腎などでつくられています。ちなみに、テストステロンの原料はコレステロールです。テストステロンの分泌量は、ほかのホルモンの分泌と同様に、脳の視床下部の下にある下垂体(脳下垂体)がコントロールしています。[※1]
また、テストステロンは男性の性欲や生殖器の発達に重要なホルモンで、男性のヒゲや体毛の発育、男性らしい筋肉や骨格を作る役割も果たします。男らしさが現れる思春期の第二次性徴は、このテストステロンの働きによるものです。
テストステロンの分泌量は生活習慣や生き方にも結びついていて、同じ人でも一日の中で変動し、加齢によっても変化していきます。最近知られるようになってきたLOH症候群(男性の更年期障害)も、このテストステロンの減少が影響していると考えられています。
テストステロンには次のような効果・効能が報告されています。
■男性らしさや活力を高める効果
テストステロンは、男性の体や心の状態を大きく左右します。筋肉量の増加や、男性としての発育と機能の維持、性欲を高める効果もあります。また、テストステロンは意欲やモチベーションのもととなるドーパミンをつくりだす働きがあり、生き生きと活力に満ちた生活をサポートします。
■生活習慣の予防効果
テストステロンは血管の状態を正常に保つ一酸化窒素(NO)をつくる働きも担っています。一酸化窒素(NO)が分泌されることによって、血管や臓器にコレステロールなどが留まりにくくなり、生活習慣病を予防してくれます。テストステロンは加齢とともに減少しますが、減少が進むにつれて高血圧や内蔵脂肪の増加といった体の変化も起こります。これにより生活習慣病や心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高まることも指摘されています。[※2]
■男性更年期障害「LOH症候群」の予防
また、最近注目されている男性更年期障害「LOH症候群」についても、テストステロン値の減少との関連が指摘されています。
男性の更年期障害については、欧米では昔からさまざまな報告がされていましたが、なかなか認知が広まりませんでした。しかし、徐々に社会的な認識の変化が起こり、2007年に、LOH症候群として医学的に定義されました[※3]。近年日本でも「男性の更年期」についての関心が高まりつつあり、メディアなどでも取り上げられることが増えています。
LOH症候群の症状には、筋力低下、ほてり、発汗、不安やいらいら、意欲の低下、うつ症状、性欲の減退やEDなどが挙げられます。症状としては女性の更年期と共通する部分が多いのですが、女性の場合は閉経との関連があるのに対して、男性の更年期障害は個人差が大きいため、いつ始まりいつ終わる、といった部分がわかりにくいという特徴があります。生活に支障をきたすこともあるため、LOH症候群の症状が疑われる場合は、なるべく早い段階で医師に相談し、適切な指導を受けることが望ましいでしょう[※4]。
■男性としての発育を促進させる作用
テストステロンは男性ホルモンの多くを占める重要なホルモンで、男性の生涯において大きな働きをする時期が三度訪れます。
一度目は胎児のときで、テストステロンの働きで生殖器が発達し、男の子としてこの世に誕生することになります。次はわずか生後2週間〜6ヶ月という乳児期で、この時期に脳のしくみとして性の違いが出てくるといわれています。そして三度目は思春期です。この時期にテストステロンが大量に分泌されて、声変わりや睾丸・陰茎の発達などの二次性徴が現れ、男らしさが形成されます。[※5]
■骨格や筋肉の成長促進作用
テストステロンは骨格や筋肉の成長を促進する作用があり、骨や筋肉の強度の維持を担っています。
■性欲・性衝動を高める作用
テストステロンはメディアなどでは「モテホルモン」と呼ばれることもあり、男性が女性を惹きつけるフェロモンを発生させるといわれています。テストステロンは興奮作用のあるドーパミンという神経伝達物質を増やし、血流を促すことで勃起を起こすなど、性機能にも大きく関与しているのです。
■脳や思考パターンなどへの作用
テストステロンは、男性的な攻撃性や気性の荒さ、物事のとらえかたや思考パターン、決断力などに関係しているといわれています。
英ロンドン大学の研究チームの報告によれば、テストステロンのサプリメントを用いた試験で「テストステロンのレベルの高さは、自己中心的な態度や、パートナーの選択よりも自分の選択を優先する決定などと関連していた」[※6]との結果を報告して、テストステロンと人の思考や考え方への影響を示唆しています。
テストステロンには、LOH症候群(男性の更年期)や生活習慣病など、さまざまな不調の予防や緩和効果が期待されています。
例えば年々増えている不妊症の中でも、男性側に原因のある「男性不妊症」のケース。テストステロンは性欲の低下や勃起障害(ED)などの性機能障害に関係があり、テストステロン値を検査することで男性不妊症がわかることもあります[※7]。
また、テストステロンは男性ホルモンですが女性の体内でも産生されていて、女性の更年期障害や閉経後の性機能によい影響をもたらすといった報告[※8]もあるのです。
テストステロンは医薬品成分となり、日本では医薬成分を含む食品を販売することは認められていません。そのため、テストステロンを摂取するためには、泌尿器科やメンズヘルス外来などを受診する必要があります。病院でのテストステロンの補充療法には、経口剤、注射剤、皮膚吸収剤などがありますが、国内では注射剤のみが今のところ保険適用です。[※9] 加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き[※10]によると、基準となる遊離型テストステロン(フリー・テストステロン)値は、日本人の男性で8.5pg/mLまでが正常値とされています。テストステロン値は採血で測定することができるので、気になる人は一度調べてみてもよいでしょう。
テストステロンは男性の心と体を大きく支配するホルモンとして、性機能、生活習慣病との関連から行動や思考パターンなどの精神面における影響まで、さまざまな臨床試験が行われエビデンスが提示されてきています。
とくに近年注目されるLOH症候群との関連について、米国の大学医学部の研究グループは、テストステロン値が低下している男性ではうつ病のリスクが上昇するという研究を発表。[※11]低下したテストステロン値を上昇させることが、LOH症候群の改善につながると考えられています。
男性ホルモンのテストステロンやアンドロステロンは、1931年にドイツの生化学者ブーテナント博士(1903年生まれ)によって発見されました。1935年にはクロアチアの有機化学者レーオポルト・ルジチカがテストステロンの人工合成を世界で初めて成功させました。この二人は性ホルモンについての研究に貢献したとして、1939年にノーベル化学賞を受賞しています。
その後1944年、男性更年期が加齢にともない生じる病理現象だという論文が、米国医師会の機関誌に掲載されました。これにより男性ホルモンが体に与えるさまざまな影響が知られるようになります。テストステロンの作用やテストステロン値の減少による体への影響は、数十年前から研究が進められてきたテーマなのです。[※12]
近年ではテストステロンと寿命に関する調査も行われていて、テストステロン値が少ないほど、LOH症候群、心血管系疾患、糖尿病、呼吸器疾患などのさまざまな病気のリスクが高まり、寿命が短くなることも報告されています。[※13]
今後日本はますます少子高齢化が進むことが予想され、高齢者が生き生きと暮らせることが社会的にも大変重要になってきます。年をとっても健康で活力に満ちた生活を送るためにも、テストステロンの今後のさらなる研究が期待されています。
日本Men's Health医学会の発行する機関誌の中で、関西医科大学 松田公志教授と大阪大学医学部 辻村晃准教授は次のように述べています。
「テストステロンには、さまざまな生理作用がある。性分化、精子形成、性機能、筋肉、骨、造血、発毛の他、近年では気分 障害、認知機能、循環器疾患、メタボリック症候群、さらには生命予後への影響についても多くの論文が発表されている。」「テストステロンは、男性の心と体、生命を左右する重要ホルモンとしての位置づけが確立しつつあると言えよう。」[※14](日本Men's Health医学会News Letter vol.10より引用)として、テストステロンが与えるさまざまな影響とその重要性を説明しています。
一方、
「更年期男性におけるLOH症候群の診療では、まだまだ多くの問題が残されている。もっとも大きな問題は、テストステロン補充療法の適応であろう。」[※14]として、日本人の総テストステロンが欧米人の報告と異なる点、男性ホルモンの低下から生じるメタボリックシンドロームなどにテストステロン補充が効果的なのかという疑問、一度始めたテストステロン補充治療の継続の仕方など、今度の課題にも触れています。
テストステロンの多方面からの研究により、今後LOH診療がさらに前進することが期待されています。
今のところ、テストステロンを含む食品を摂取することで、テストステロン値を上昇させるといったデータは見当たりません。しかし、食生活の改善によってテストステロン値を上昇させることができるといわれています。テストステロン値の上昇に関与するとされる食べ物に以下があります。
■玉ネギ
日清ファルマが老齢のラットに行った実験では、玉ネギの有効成分タマネギアリインを投与することでテストステロン分泌能力が改善されたという報告[※15]があります。玉ネギの有効成分を抽出したサプリメントも販売されており、テストステロン値上昇への効果が期待されています。
■牡蠣(亜鉛)
牡蠣に豊富に含まれる亜鉛も、テストステロン値を上昇させる効果が期待されています。ほかに亜鉛を含む食品に、牛肉、チーズ、レバー、キャベツ、うなぎなどがあります。
テストステロン値の上昇には、食生活をはじめとした生活習慣が大きく関係しています。慢性的なストレスや喫煙習慣などは、テストステロン値を減少させてしまいます。良質な睡眠がテストステロン値を上昇させるという試験データもあり[※16]、テストステロン値を高めるためには、生活習慣の改善が不可欠です。
テストステロン値の減少を防ぐために有効な成分が、亜鉛だといわれています。
デトロイトのウェイン・ステイト大学は、亜鉛とテストステロン値の関係について以下の実験を行いました。
27~8歳の若い健康な男性4人、55~73歳の健康な男性9人の合計13人を被験者とし、亜鉛を制限する食生活を行ったところ、20週間で4人の若い男性のテストステロンの値が顕著に減少。9人の年配の男性たちも、6ヶ月間でテストステロン値の減少が確認されたということです。[※17]
また、毛髪の亜鉛の濃度が高い男性のテストステロン値は高い[※14]との報告もあり、亜鉛がテストステロンの分泌に大きく関与することが示されています。
テストステロンの分泌のために必要とされる亜鉛ですが、普段の食事からは不足しやすい成分でもあります。亜鉛を豊富に含む牡蠣や牛肉、チーズ、レバー、キャベツなどの食品を普段から心掛けて摂取することももちろんですが、それでも補えない部分は、サプリメントなどを利用するのもひとつの方法です。
テストステロンにはLOH症候群の改善効果があるとされる一方で、テストステロン補充療法による副作用が懸念されているのも事実です。2013年にはアメリカの医師会雑誌で、テストステロン補充療法によって心臓発作や脳卒中、死亡のリスクが高まるとの研究結果が報告されました。[※18]
また、カナダ保健省では、合成ステロイドのメチルテストステロンの危険性を指摘し、メチルテストステロンを配合した食品を摂取しないように警告しています。[※19]
メチルテストステロンは医薬品成分であり、日本では医薬品を含む食品の販売は認められていません。万が一外国から個人輸入した食品によって健康被害が生じた場合、すべては個人の貴任となり、厚生労働省が定める健康被害救済制度の対象外になってしまいます。[※20]
副作用のリスクを避けるためにも、テストステロンは医師の指導のもとで適切に使用するべきです。