小青竜湯はかぜに用いる代表的な漢方薬の1つです。アレルギーや炎症を抑えるメカニズムが明らかになり、ここ数年は「眠くならない抗アレルギー薬」として、花粉症の定番治療薬となっています。さまざまな臨床試験の結果、インフルエンザウイルスに対する有効性や、正常な細胞ががん化するのを抑える効果があることも明らかになってきました。
ナチュラルクリニック代々木 佐野正行先生医師監修
小青竜湯は漢方薬の一種です。漢方薬は、民間薬やサプリメントとは違い健康保険が適用される「医療用漢方製剤」で、148種類の処方薬が厚生労働省に承認されています(2015年2月現在)。[※1]
麻黄(マオウ)、芍薬(シャクヤク)、乾姜(カンキョウ)、甘草(カンゾウ)、桂皮(ケイヒ)、細辛(サイシン)、五味子(ゴミシ)、半夏(ハンゲ)の8種類の生薬で構成され、体を温め、体内の血行や水分代謝を整えて、くしゃみや鼻水・鼻づまりなどの症状を抑える効果があります。近年では、アレルギー性鼻炎に効果があることがわかり、花粉症の治療薬として店頭に並ぶことが多くなりました。葛根湯と並んでなじみの深い漢方薬として知られており、よく処方される漢方のベスト5に選ばれています。[※2]
小青竜湯には次のような効果・効能があります。
■気管支炎・気管支喘息の症状を緩和
気管支拡張を拡張させてせきやたんを抑え、気管支炎や気管支喘息の症状を和らげます。
■かぜの諸症状を改善する効果
粘膜の炎症を鎮め、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどかぜの諸症状を改善する効果があります。
■花粉症をはじめとするアレルギー性鼻炎の症状を軽減
抗アレルギー作用があり、さまざまなアレルギー性鼻炎の症状を軽減します。
1990年代以降、漢方薬の効果・効能を西洋医学的な見地から明らかにする研究が続けられており、小青竜湯に関しても数多くのエビデンスが蓄積され、薬理的なメカニズムについて少しずつ明らかになってきました。次のような作用があることも報告されており、今後の研究結果が期待されています。
■インフルエンザを抑える効果[※3]
■MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)に対する除菌効果[※4]
■細胞のがん化を抑制する作用[※5]
小青竜湯のもつ生理機能性は、8つの生薬に含まれる成分と、その相乗効果に由来しています。
麻黄は小青竜湯の主要となる成分で、交感神経を刺激するエフェドリンという物質を含んでいます。[※6]交感神経が活発になると、「発汗の促進」「気管支の拡張」「粘膜血管の収縮」といった生理現象が起こります。その結果、「発熱を抑える」「せきやたんを鎮める」「粘膜の炎症を抑え、くしゃみや鼻水、鼻づまりの症状を軽減する」という効果が現れるのです。このほか麻黄には、抗アレルギー作用、抗菌作用もあります。
半夏もエフェドリンを含むため、麻黄と同じような作用をもっています。界面活性作用をもつサポニンを含むことから、のどにまとわりつくようなたんやせきを伴う鼻炎の症状を軽減する効果があります。[※7]
芍薬に含まれるペオニフロリンには、痛みや筋肉の緊張を和らげ、血管のはたらきを整える作用があります。[※8]
乾姜にはジンゲロールやショウガオールなど、末梢を拡張して血行を促進し、体を温める作用をもつ成分が多く含まれています。手足だけでなく胃腸を温める作用もあるので、下痢や嘔吐を改善する効果もあります。[※9]作用は穏やかですが細辛、桂皮にも同じようなはたらきがあり、発汗や水分の代謝を促し体調を整えます。細辛、桂皮にはまた抗アレルギー作用もあります。桂皮の主成分で甘くスパイシーなその香りのもとであるシンナムアルデヒドは、香りをかぐだけでくしゃみをはじめとする鼻炎症状を止めるはたらきがあることが明らかとなっています。[※10]
甘草に含まれるグリチルリチン酸ジカリウム、五味子に含まれるゴミシンAやシザンドリンは、強い抗酸化作用、抗炎症作用、抗アレルギー作用をもち、肝機能や免疫力を高める効果があるため[※11][※12]、各生薬の刺激を緩和しながら相乗効果がうまく発揮できるよう調整するようなはたらきをしていると考えられています。
小青竜湯の抗アレルギー作用は、従来の抗アレルギー剤のようにアレルギー反応の際に産生されるヒスタミンを無効化するものではなく、ヒスタミンそのものを産生できなくするものであることがわかっています。
体内にアレルギーのもととなる抗原が侵入すると、IgE抗体は肥満細胞と結合して抗原を排除しにむかいます。IgE抗体が抗原を認識すると、肥満細胞はアレルギー反応の原因となるヒスタミンや、IgE抗体を増殖させるサイトカインを放出します。小青竜湯は、こうしたヒスタミンやサイトカインの放出を抑制するという方法で、アレルギー反応を軽減させるのです。[※10]そのため、抗ヒスタミン剤を服用した際によくみられる眠気が、小青竜湯にはありません。
漢方ではその人の状態(体質・体力・抵抗力・症状の現れ方など)から薬を選びます。漢方学的な考えによると、小青竜湯は「体力中程度又はやや虚弱で、うすい水様のたんを伴うせきや鼻水が出るもの」の諸症状に効果があるとされています。平均的な体力があるかやや体力が弱く、透明でサラサラした鼻水が止まらない、せきやたんが続く、鼻水が出るというかたにおすすめの漢方薬というわけです。
小青竜湯はせき、たん、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどを抑えます。解熱、抗菌作用もあるので、鼻やのどからくるかぜにかかったと思われるかたにおすすめの漢方薬です。また、花粉症をはじめとするアレルギー性鼻炎のつらい症状を改善します。眠くなる成分が含まれていないので、クルマを運転するかたや、勉強中の学生さんでも安心です。現在は5歳から服用できるタイプの薬も市販されています。[※13]
小青竜湯の配合生薬1日分は、麻黄3.0g、芍薬3.0g、乾姜3.0g、甘草3.0g、桂皮3.0g、細辛3.0g、五味子3.0g、半夏6.0gとなります。[※14]医療用の処方薬はこの分量、市販薬はこの半量を配合しているものが多いようです。
小青竜湯は医薬品です。各メーカーの用法・用量を守って服用するようにしてください。
小青竜湯に関しては臨床的な研究が進んでおり、ヒトに対するエビデンスも出そろってきています。
横浜南共済病院で行われた調査によると、スギ花粉が飛散している時期の約7週間、アレルギー性鼻炎の症状を訴えて同耳鼻咽喉科を受診した患者15名に対して、小青竜湯エキス錠を2週間服用してもらい、投与前と投与後の症状を比較したところ、次のような結果が出ました。鼻水は14.3%が改善、42.9%がやや改善以上、鼻づまりは21.4%が改善、50.0%がやや改善以上、くしゃみは14.3%が改善、42.9%がやや改善以上、目のかゆみは14.3%が改善、42.9%がやや改善など、多くの項目に関して有意な改善が認められました。これらの結果から、全般的な改善度は、改善が46.7%、やや改善以上が73.4%と、小青竜湯が花粉症に対して有効な薬剤であることがわかりました。[※15]
「第61回日本東洋医学会学術総会」では、インフルエンザウイルスに対する有効性について発表されています。あらかじめ小青竜湯を飲ませておいたマウスにインフルエンザウイルス(H1N1型)を感染させたところ、感染後の5日後にウイルスが有意に低下し、気道中のインフルエンザウイルスIgA抗体価が上昇していました。また、IgA抗体を増加させるはたらきは、小青竜湯に含まれる半夏が強くもっていることがわかり、その成分は脂肪酸のピネリン酸であることもわかりました。[※16]
今をさかのぼること1900年、後漢末期から三国時代に張仲景が編纂した医学書「傷寒論」で紹介されたのがはじまりです。張仲景は官僚や医師として活躍した人物で中国では「医聖」としてたたえられています。「傷寒論」のほか「金匱要略方論」という本も著しており、2冊はともに東洋医学の薬物療法の礎を築いた貴重な古典医学書とされています。
名前にある「青竜」は中国神話に登場する四神の1つで、東方を守護する霊獣です。東洋医学では四神に生薬を割り振っており、青竜には採取したばかりの色が青い麻黄があてられています。もとは大青竜湯と小青竜湯がありましたが、現在は汎用性が高く使いやすい小青竜湯のほうが主流となっています。
石膏を主薬として熱を冷ますはたらきのある白虎湯、附子を主薬として体を温め水分の排出を促す玄武湯、大棗を主薬としてむくみや腹水・胸水にいい朱雀湯など、ほかの四神に由来する漢方薬もあります。[※14][※17]
漢方学には「証」という概念があり、西洋医学のように症状や疾患の原因に対応して薬を処方するのではなく、患者の体質や体力によって薬やその組み合わせを選ぶのが治療の基本となっています。このため、西洋医学的なエビデンスがなかなか蓄積せず、医療の現場では漢方薬による治療がなかなか浸透しません。
しかし、こうした状況は漢方薬の臨床的な研究が進むにつれ、少しずつ変わってきました。小青竜湯はその突破口を作った漢方薬の1つといえます。横浜南共済病院の河野英浩先生は、論文のなかで次のようにふれています。
“漢方療法は伝統的な証の診断に基づいて治療を行うのが本来の姿であるが、証を判定するためには数多くの臨床経験を必要とし、またその証に適合した漢方処方を選択するには相当な経験が必要となるため、必然的に西洋医学的な病名診断により処方せざるを得ないことが多いと考えられる。この点小青竜湯は現代医学的な手法によってその作用メカニズムが解明された数少ない漢方処方で、あまり証にとらわれなくても投与可能な漢方薬剤である。”[※15]
今後も、漢方薬のもつ生理機能性についての研究が進めば、ほかにも「証」を気にせず使える薬が増えてくるかもしれません。
生薬を使う場合は、麻黄3.0g、芍薬3.0g、乾姜または生姜3.0g、甘草3.0g、桂皮3.0g、細辛3.0g、五味子3.0g、半夏6.0gを600mlの水で40分間煎じます。できあがりは約半量の300mlとなり、これを1日2~3回にわけて服用します。[※18]
現在はエキス剤、粉末、顆粒、錠剤などの製剤がそろっており、時間や手間をかけずに、自分の飲みやすい形のものを選ぶことができます。決められた用法・用量にしたがって服用するようにしましょう。
小青竜湯は、ぴりっとした辛みと酸味・苦味が特徴です。この味は「酸・苦・甘・辛・塩辛い」の5つの味をもつといわれる五味子からきています。服用しやすくなる方法として、小児科では砂糖入りのココアやあんこ、バニラアイスなどに混ぜる方法などが試みられているようです。[※19][※20]
小青竜湯は8つの生薬の相乗効果でその効能を発揮する薬です。それ自体が十分に相乗効果を発揮している状態なので、他の成分をプラスする必要はないでしょう。抗ヒスタミン剤や気管支拡張剤、抗生物質などは、小青竜湯の作用機序に拮抗することがなく併用しても問題ないとされていますが、種類を問わずほかの薬を使う場合は、必ず医師に相談するようにしてください。
麻黄にはエフェドリンが含まれるため、心臓や血管に負担がかかります。高血圧、心臓病、脳卒中などの病気をもつかたが服用する際には注意が必要です。交感神経興奮剤であるエフェドリンやテオフィリンを含む薬との併用は、作用が増強されるため慎重におこないます。
また、甘草を含むほかの漢方薬といっしょに服用すると「偽アルドステロン症」が起こる場合があります。「偽アルドステロン症」は甘草の主成分、グリチルリチン酸の過剰摂取が原因となる副作用で、低カリウム血症、むくみ、高血圧、四肢の脱力などが起こります。
このほか、間質性肺炎や肝機能障害が現れる場合があります。このような症状が出た場合は、投与を中止して医師に相談してください。[※6]