私たちは塩化ナトリウム(食塩)やグルタミン酸ナトリウム(うま味成分)などの化合物としてナトリウムを口にしています。塩と聞くと「高血圧の原因」という悪いイメージがありますが、じつはナトリウムの体内量が多すぎても少なすぎても、体調不良をまねくおそれがある、大事な栄養素でもあるのです。そんなナトリウムの効果効能や作用、上手な摂り方、過不足でおこる症状などについてまとめました。
ナトリウムは金属元素のひとつで、元素記号はNaです。空気や水と反応しやすいため、ナトリウム単体として自然界に存在することはほとんどありません。
体内へは、化合物である塩化ナトリウム(食塩)として摂り入れることがほとんどです。うま味調味料にもグルタミン酸ナトリウムとして配合されていますが、食塩に比べるとナトリウム量は少なくなっています。
ナトリウムは人に欠かせない主要ミネラルのひとつ。ナトリウムは体内に入ると、小腸から吸収されると腎臓へ運ばれ、不要な分は体外へ排出されます。腎臓が体内のナトリウム量を調節しています。
体内でのナトリウムは、細胞の外にある細胞外液や骨格に存在しています。細胞の内側にはほとんど存在していません。細胞の内側にはカリウムが存在しており、お互いの濃度を調整しています。[※1]ナトリウムとカリウムは同じくらい大事なミネラルといえるでしょう。
ナトリウムの効果効能には、以下のようなものがあります。[※2][※3][※4]
■体内の水分量の調節
ナトリウムが過剰でも不足しても、体内の水分バランスが崩れてしまいます。汗や下痢などで体内の水分を多量に失ったときは、水とナトリウム(塩)を摂取する必要があります。
■神経伝達
体内のナトリウムは電気を通すイオンの形になっています。ナトリウムイオンの作用により、電気信号が発せられることで運動神経や自律神経が反応します。
■筋肉の収縮・弛緩
神経伝達が行われることで、筋肉や内臓が反応して動くようになっています。
■消化液の材料
ナトリウムは、腸液や膵液、胆汁の材料となります。
■栄養を細胞へ届ける
ナトリウムは栄養素を輸送する働きがあります。糖やアミノ酸、ビタミン類などを細胞内へ届けます。
ナトリウムには体内の水分量を調節する働きがあります。ナトリウムは細胞の外側に存在し、内側にあるカリウムと協力して体内の水分量を調節しています。
2つの成分が細胞の内と外を行き来して、均衡を保っています。このはたらきのことを「ナトリウム・カリウムポンプ」と言います。
塩を摂りすぎると体がむくむといわれているのは、ナトリウム・カリウムポンプのバランスが崩れるためです。[※5]
ナトリウム・カリウムポンプのはたらきは、筋肉の収縮・弛緩や神経伝達といった反応にもかかわっています。ナトリウムが不足したり過剰になったりするとポンプが正常に機能しなくなり、さまざまな不調をまねくとされています。
またナトリウムには、栄養素を細胞内へ輸送する働きもあります。ナトリウムイオンは細胞の外で濃度が高く、細胞内では濃度が低い状態です。液体内では濃度の差があると、均一にしようという作用が働きます。
ナトリウム濃度が均衡になろうとする流れに乗って、糖やアミノ酸、ビタミン類などが細胞内へと入っていきます。これらの栄養素が全身に運搬されるためには、ナトリウムはなくてはならない成分なのです。 [※4]
ナトリウムは汗や尿などと一緒に体外へ排泄されてしまうため、スポーツをする人や汗をかきやすい人は意識的に摂るようにするといいでしょう。
体調不良で下痢が続いている場合も水分と一緒にナトリウムが体外へ排泄されてしまうため、補給が必要です。
また風邪で熱がでているときにも脱水症状を起こしやすいので、ナトリウムとカリウムが含まれる経口補水液などを摂るようにしましょう。
ただし慢性腎臓病などの腎疾患でナトリウムやカリウム制限など食事指導を受けている人は、必ずかかりつけ医に相談するようにしましょう。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015)」では、ナトリウムは食塩として換算されています。食塩1gには約0.4gのナトリウムが含まれています。
食塩の摂取量目安は、1日1.5g となっていますが、生活習慣病の予防のために目標とすべき量(目標量)は、男性が8.0g未満、女性は7.0g未満です。[※6]ただし生活習慣病を積極的に予防するためには6g未満におさえるようにすべき、という説もあります。
よくレシピで見かける「塩少々」は人差し指と親指で塩をつまんだ場合の量で、およそ0.5g、「塩ひとつまみ」は親指と人差し指、中指の3本でつまんだ場合の量で約1gとなります。1食あたり塩ひとつまみ程度に抑えるようにすれば、塩分の摂りすぎに気をつけることができるでしょう。
人によって多少変動のある量ではありますが、料理の味付けの際に覚えておくと塩分量を調節しやすくなると思います。
うま味調味料の材料として知られるグルタミン酸ナトリウムは、塩に比べるとナトリウム含有の割合が約1/18程度。塩を使った味付けから、ダシを効かせた味付けに変えることで、減塩につなげることができるでしょう。[※7]
京都府立医科大学の吉村学教授らによる研究があります。ミネラル類が血圧上昇とどうかかわっているのかラットを使って調べた実験です。[※8]
実験の結果、ナトリウム(Na)単体では血圧の上昇をまねきませんが、食塩である塩化ナトリウム(NaCl)の形になると、血圧を上昇させることがわかりました。
詳しい作用については明らかになっていませんが、塩素とナトリウムが相互に作用しあうことで血圧が上がるのだろうと結論づけられています。このことから、食塩の摂りすぎは高血圧の原因のひとつであるということがわかります。
また、塩化ナトリウムとナトリウム単体を摂取すると心臓から送り出される血液量が増えることもわかりました。そのため、ナトリウムには副交感神経の働きを活発化させる働きがあるのではないかとされています。
日本で塩づくりが行われていたのは8世紀ごろといわれています。海藻を乾燥させ、その上から海水を流して、塩分濃度の高い海水にして行ったのではないかとされています。鎌倉時代から江戸時代にかけて、塩田を使った製法が定着していきます。
昭和初期から後期にかけては、釜で海水を煮詰めていく方法が主流となりました。昭和47年には、イオン膜を使って塩分濃度を上げていく製法が開発されました。
イオン膜を設置した槽に電極から電気を流し、海水中のイオンを意図的に移動させることで塩分濃度を高める手法です。現代まで同様の方法によって塩が精製されています。
塩以外に日本人の身近なナトリウムとして、グルタミン酸ナトリウムがあります。グルタミン酸は”うま味”のもととなる成分です。
1907年に池田菊苗教授によって昆布出汁から取り出されました。その後、グルタミン酸ナトリウムの形に加工され、うま味調味料の材料になり、一般家庭に浸透していきます。
グルタミン酸ナトリウムは、市販の菓子や加工品、インスタント食品などにも使われています。
塩分は摂りすぎてしまうと高血圧や胃がんなどをまねくおそれがあることから、減塩が推奨されています。日本高血圧学会では、1日6g未満の摂取を推奨しています。このような現状について、栄養疫学者である今村文昭氏は以下のように述べています。
「日本人に減塩を推奨するのは、高血圧や胃がん予防として的を射ており、その推奨を改めるべきとは思いません。しかし、既存のエビデンスに基づけば、全ての人に減塩が必須と断言もできません。医療の専門家の方々にはぜひ、減塩については「検討の余地あり」と頭の片隅に入れてほしいと感じています。臨床において一人一人の患者に応じる際は、既往歴、日頃の高Naの食品摂取量などを把握した上で、改善すべき他の生活習慣とともに減塩の必要性を考えることを第一歩とするのが妥当でしょう」
[医学書院 「栄養疫学者の視点から [第9話]減塩の是非」より引用][※9]
人の体質はそれぞれです。そのため、病気予防のために安易に減塩をするのではなく、自分の体質にあったやり方を探すことが大切といえるでしょう。
食塩として塩化ナトリウムを摂取することはあると思いますが、日本特有の調味料などにもナトリウムは多く含まれます。欧州などと比較すると日本人の塩分摂取量は非常に多いのですが、その理由にはこうした調味料などの影響があります。
実際にはどれくらいの量が含まれているのか、調味料のナトリウム量を見てみましょう。[※10](100gあたりの含有量)
調味料を100g一度に摂ることは考えられませんが、複数の料理を合わせると、かなり塩分を多く摂ることになるので注意が必要です。
ナトリウムは少なくても過剰でも、体にとって良くない影響を与えます。ただし、日本人の食事は塩分過多になりやすいため、ナトリウムの体内バランスを保ってくれるカリウムを一緒に摂るようにすると良いでしょう。
■カリウムを多く含む食べ物の例[※10](100gあたりの含有量)
和食に使われる調味料は塩分が高い傾向にあります。カリウムを多く含む食材を組み合わせることで、バランスよく栄養を摂取できます。
ナトリウムは必須のミネラルのため、摂取したことによる副作用はありません。
しかし、注意点はあります。[※3]
ナトリウムを高濃度または多量に摂取した場合には血圧の上昇や胃粘膜の腫れといった副作用や胃がんリスクが高まる恐れがあります。
また、安静にしていなければいけない人に対して、高濃度のナトリウムを摂取すると骨や筋肉の弱体化が促進してしまうおそれがあります。
ほかの医薬品やサプリメントなどとの相互作用については、明らかになっていません。
体内のナトリウム量は多すぎても少なすぎてもいけません。ナトリウム自体が体内のバランスを保っているため、ナトリウム量の偏りは体調不良をまねく原因になります。まず、ナトリウムを摂りすぎた場合を見てみましょう。
体内のナトリウム量が多い状態を「高ナトリウム血症」といいます。体内の水分が減ることで、ナトリウム濃度が高まって発症するケースと、高血糖が原因で発症するケースがあります。
軽度の症状では、口の渇きや血圧の上昇・むくみなどが現れます。高ナトリウム血症が進行すると、精神錯乱や興奮状態になり、痙攣・昏睡に至るケースもあるほどです。また、高血圧による循環器系の疾病、すなわち脳梗塞や心筋梗塞などのリスクも高まります。
次に、ナトリウムが不足した場合の症状を見てみましょう。
ナトリウム量が足りない状態を「低ナトリウム血症」といいます。水分と同時に大量のナトリウムが失われたり、水分を摂りすぎたりした場合におこります。
また、高血糖や高脂血症の患者では、見せかけの低ナトリウム血症がおこるケースもあります。
軽い症状は、だるさや運動機能の低下です。症状が進むと、精神錯乱や頭痛、悪心、食欲の低下などが現れます。
症状が重篤化すると痙攣や昏睡をおこします。
ナトリウムはカリウムと作用して、神経伝達を行っています。そのため、過剰でも不足でも神経伝達に異常をきたす可能性があるのです。
どちらの症状でも、ナトリウム濃度を平衡へ戻す治療が行われます。気になる症状がある場合は、食生活や運動について見直すか、かかりつけ医に相談してみると良いでしょう。