風邪のひきはじめには葛根湯が欠かせない、という方は多いのではないでしょうか。薬局などでも手軽に入手できる葛根湯は、植物生薬を配合した漢方薬です。頭痛、発熱、寒気などの症状に有効で、発汗を促します。また、頭痛や肩こりなど、慢性的な症状にも効果を発揮し、現代人の不調を助けてくれる漢方薬です。
葛根湯は、漢方薬の中でも最も古い薬のひとつとして知られています。7種類の生薬で作られ、その中でも主原料は葛の根の皮を除いた部分である「葛根」です。漢方薬の基本方剤である桂枝湯(けいしとう)に葛根(かっこん)と麻黄(まおう)を加えて、作られます。
桂枝湯とは、桂皮(けいひ)・芍薬(しゃくやく)・生姜(しょうが)・大棗(なつめ)・甘草(かんぞう)の5つの生薬のことを指します。
桂枝湯は、葛根湯と同じく発汗作用を持ち、さらに葛根の鎮痛作用と麻黄の強力な発汗作用で風邪の初期の炎症や発熱の症状を抑えます。
葛根湯に含まれる7つの生薬には、それぞれ以下のような作用があります。[※1][※12]これらは、いっしょにはたらくことで効果を発揮します。
■葛根
クズの根の皮を除いた部分を乾燥させたものです。鎮痛作用、発汗・解熱作用で、背中や首のこわばりをとる作用があると言われています。
■麻黄
マオウという植物の茎を乾燥させたもので、強い発汗作用があります。交感神経を刺激するエフェドリン類を含み、咳を鎮めるはたらきで喘息などに利用されています。
エフェドリンは、ドーピング検査の指定薬物に当たるので、競技などを行う場合、大会前の摂取には注意が必要です。
■桂皮
クスノキ科のトンキンニッケイの樹皮を乾燥させたものです。シナモンに使われるセイロンニッケイの仲間であり、香りも似ています。
おだやかな発汗・発散作用、温熱作用で、手足の冷えや腹痛などに使われます。
■芍薬
シャクヤクの根を乾燥させたものです。鎮痛作用や痛みを止めるはたらきがあり、筋肉痛などの痛みに効聞きます。
シャクヤクは、花が美しいことで有名ですが、漢方薬に使うシャクヤクは、根の栄養が花に行かないよう花が咲く前に切ってしまうそうです。
■生姜
ショウキョウともよばれ、ショウガの根茎を乾燥させたものです。発熱・発汗作用、吐き気をしずめるはたらきがあり、新陳代謝の活性や副作用の緩和を目的として使用されます。
■大棗
ナツメの果実を乾燥させたものです。ほのかな甘みがあり、乾燥ナツメは美容を意識したおやつとしても親しまれています。
発熱・発汗作用、滋養強壮作用があり、食欲不振、
副作用の緩和に用いられます。
■甘草
ウラルカンゾウやスペインカンゾウなどマメ科の植物の根を乾燥させたものです。名前の通り、甘みがあり、その甘みはショ糖の50倍の甘さを持つとされます。
炎症や痛みをやわらげるはたらきがあり、アレルギー症状の緩和、腹痛や喉の痛みをやわらげるのに用いられます。
また、多くの漢方薬に用いられ、薬効を高めたり、毒性を弱めたりするはたらきもあります。
生薬は、薬効をもつ自然にある草や木、根や木の皮、鉱物から作られています。五味(酸・苦・甘・辛・鹹(塩辛い))に分類され、それぞれのはたらきを組み合わせることによって症状の改善がみられます。
漢方薬は、生薬を2種類以上組み合わせたもので、それぞれの生薬のはたらきの相乗効果や毒性の軽減をするための配合となっています。生薬の特性を知り、自分に合った使い方をすることが大切です。[※2]
葛根湯の特徴的なはたらきは、発汗作用によって熱や炎症、痛みを発散させて改善することです。
とくに、風邪の初期症状にのみ有効で、寒気、首や肩のこり、頭痛、鼻水、鼻詰まりなどの症状が出始めたときに、葛根湯によって熱を上げて、体内に侵入したウイルスや細菌を弱らせます。
ウイルスや細菌のはたらきが弱まったら、発汗を促し、体温を下げるように作用します。熱が高く上がってからでは葛根湯の効果は期待できません。
甘草の主成分であるグリチルリチンは、腸内細菌叢によって、グリチルレチン酸に変化して吸収され、強力な抗炎症作用を発揮します。[※8]
また葛根湯は鼻炎、皮膚炎、筋肉痛、神経痛、湿疹、蕁麻疹、リウマチ、月経痛、乳腺炎などでも処方されることがあります。
これは、葛根湯の持つ体を温めるはたらきによって血流をよくすることで、症状をやわらげる目的で使われます。いずれも初期症状の場合にのみ有効です。
漢方薬の処方には、症状よりも体質が考慮されます。[※13]体質として、比較的体力や抵抗力がしっかりしている「実証」(肌ツヤがよくエネルギッシュ)タイプの方に適している漢方薬です。
それに対し、体力の落ちている方、胃腸の調子の悪い方など「虚証」(青白い顔色で虚弱体質)タイプや「寒証」(冷えやすく顔色が悪い)の方には、桂枝湯を用いることがあります。
また、葛根湯は発汗作用が強いことが特徴ですが、汗をかきやすい体質の方が服用しても、効果が現れにくいことがあります。
葛根湯以外にも風邪症状に使用される漢方薬は他にもありますので、漢方薬を取り扱っている医師や薬局で相談してみましょう。
漢方をはじめとする東洋医学では、西洋医学のように症状を改善する治療ではなく、まずは体を温めて風邪などのウイルスに抵抗する免疫力を高めることで治療を進めます。
ひとつの症状にひとつの成分ということはなく、さまざまな症状に対応できるよう、効果・効能は多岐にわたります。
漢方の診察では、「四診」とよばれる望診、問診、聞診、切診、という4つの方法で、体質、体力、気血水のバランス、病気の症状を判断し、治療をすすめます。[※13]
同じ症状でも体質が違えば異なる処方となったり、異なる症状でも同じ処方となったりすることがあるのが、漢方薬のおもしろいところでもあります。
病院で葛根湯が処方された場合は、指示されたとおりに服用しましょう。
市販されている葛根湯の場合は、生薬以外の有効成分が含まれている場合があります。商品の用量・用法を確認してから服用しましょう。
処方せんで薬局に薬を出してもらう際、ほかの薬をのんでいないか、これまでに医薬品などでアレルギーが出ていないかなどがかくにんできるよう、「おくすり手帳」を発行して記録すれば、相互作用を防げます。
漢方薬については、これまで科学的根拠は少ないとの認識があります。
2006年より、EBM委員会が日本東洋医学会に作られ、漢方薬の著効例を収集し始めました。「葛根湯プロジェクト」はそのひとつで、学会のウェブサイトを通じて葛根湯の著効例を収集するものでした。
しかし、症例は5件しか集まらず、プロジェクトは中断となりました。漢方薬の症例報告の収集やデータベース化を課題とし、その後も症例収集を続けようとしましたが、2011年にはプロジェクトは終了となりました。[※4][※17]
それ以降、エビデンスを確認するための研究が多くなされており、その経緯などは日本東洋医学会のホームページに漢方治療エビデンスレポートや関連資料が公開されています。[※3]
また、女性の冷えに関する研究もされており[※5]、体質改善への期待が高まります。
昨今では、西洋医学と東洋医学を合わせた研究もなされており[※6] [※7]、今後ますます漢方薬に対するエビデンスが増えることが期待されます。
葛根湯は、中国の古い医書である「傷寒論(しょうかんろん)」や「金匱要略(きんきようりゃく)」の中でも紹介されるほど歴史の古い漢方薬として知られてきました。その頃から、風邪の初期症状や肩こりを和らげる使い方が伝わっています。
江戸時代には、「葛根湯医者」という落語が流行しました。これは、どんな症状の患者にも葛根湯ばかり処方する医者のことで、藪医者という意味合いがあるそうです。
一方で、葛根湯が適応範囲の広いよく効く薬であること、漢方薬を使いこなしてどのような病気も治せる名医であること、などを意味しているとも言われています。[※11]
宮城利府掖済会病院副院長の片寄大医師が「たかが葛根湯、されど葛根湯」と日本海員掖済会健康講座でおっしゃっているように、葛根湯が効かない場合、使い方を見直す必要がありそうです。[※16]
ポイントは、病態(証)、処方する量、飲み方などです。それらを見極めて処方することが、葛根湯の効果を活かすために必要となります。
風邪の初期症状(寒気・発熱・鼻炎・頭痛・首や肩のこり)がみられる人のほかにも、炎症が起こっている急性疾患の初期症状、じんましんにも使われることがあります。
飲む時期は発症から1~2日目が目安です。[※14]熱が上がってからでは効果が出にくいともいわれますので、「風邪かな」と感じたらなるべく早く飲むことがポイントです。
葛根湯には、エキスタイプと顆粒タイプがあり、一般的に病院で処方されるものは、煎じる必要のない乾燥エキス剤が用いられています。
他の漢方薬と同じように、食前(目安は食事の30分前)または食間(食事と食事の間で、食後2時間が目安、空腹時)に飲むことが推奨されています。これは、胃に食べ物が入っていない状態の方が、吸収がよいためです。
胃腸が弱い人や荒れやすい人は食後の服用が望ましいこともありますので、処方した医師に相談してみましょう。
葛根湯は、一度沸かしたお湯を冷まして白湯にして飲むことで、吸収率が高まります。また、適度に温かいことも漢方薬の服用に適しています。
ドリンクタイプの場合も、常温またはぬるめの白湯で割って、温めて飲むのがよいでしょう。
葛根湯自体が複数の7種類の生薬を調合したものになりますので、とくに相乗効果を発揮する成分などはありません。
ただ風邪の初期症状である場合は、ビタミンCをいつもより多く摂ることで回復が早まるとされていますので、ビタミンCを多く含む食品を摂ることと、冷たい飲み物ではなく白湯などでカラダを温めることをおすすめします。
生薬は、長い年月を経て、安全だと確かめているものだけが残ってきました。そのため、副作用は少ないといわれていますが、体調や体質によって、何らかの症状が出ることがあります。
服薬中の人、胃が弱い人、虚弱体質の人、がんなどの疾患がある人は、使用を控えましょう。
また、肝機能への影響が考えられるため、肝臓疾患の人も使用には注意が必要です。
胃の不快感、食欲不振、動悸、頻脈、吐き気、発疹、かゆみ、不眠などが認められた場合、服用を中止し、早めに受診しましょう。[※10]
配合されている生薬の麻黄には、心臓や血管に負担をかける交感神経刺激薬のエンドルフィンが含まれるため、高血圧・心臓病・腎臓病など循環器系の疾患がある方は、注意が必要です。
重篤な場合、肝機能障害を起こす可能性もありますので、服用前に医師に相談するようにしましょう。日頃から治療薬を飲まれている場合も、事前に医師に相談することをお勧めします。[※10]
葛根湯を飲んでいても、効果が感じられない場合、体質をあらわす「証」が異なることも考えられますので、医師や薬剤師に相談しましょう。[※15]