安全性の高い天然成分である重曹は、医薬品、食品添加物をはじめ、さまざまな用途をもつ万能成分として知られています。日本では、体を温めて肌をすべすべにする温泉成分として古くからなじみ深い存在でもあります。酸性にかたよりがちな現代人の体内pHを調整し、消化や代謝のバランスを保ちながら、美容や健康に大きく寄与している重曹のパワーの秘密について解説します。
ナチュラルクリニック代々木 佐野正行医師監修
重曹は炭酸水素ナトリウムという物質です。化学式はNaHCO3。別名「重炭酸ナトリウム/重炭酸ソーダ」とも呼ばれ、“重炭酸ソーダ”を略して重曹と呼ばれています。白色の粉末で、水やアルコールに溶けにくい性質をもっています。水溶液のpHは8.5(1%、25℃)で、ナトリウム化合物のなかで、もっともアルカリ性の弱い物質です。[※1]
熱を加えると二酸化炭素が発生するため、昔から焼き菓子やパンなどの膨張剤として使われてきました。二酸化炭素は酸と混ざり合うことでも発生します。バリウム検査の前に使われる発泡剤や、泡の出る入浴剤などにも重曹が含まれています。日本人になじみの深い温泉の成分でもあり、体を温める、肌をなめらかにするなどいくつもの入浴効果が知られています。近年では、エコに配慮した洗浄剤として雑誌やテレビで大人気となりました。
重曹は安全性が高く、環境負荷も低いため、医薬品、食品添加物、工業用と幅広く活用されています。ここでは、健康や美容などに役立つ重曹の効果・効能についてまとめます。
医療品としての重曹には次のような効果・効能があります。
■胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃炎、胃酸過多などの症状を改善する[※2]
■痛風の発作を予防する[※2]
■アシドーシスの改善[※3]
■めまいや吐き気を抑える効果[※3]
■急性じんましんの治療[※3]
■便秘の解消[※4]
美容や衛生に役立つはたらきには次のようなものがあります。
■ひじやかかとをなめらかにする
■肌をやわらかくする
■脱臭効果
アルカリ性であることからさまざまな機能性をもっています。おだやかに体液のpHを調節できることから、医薬品としてはおもに胃腸薬やpH調整剤として用いられています。
胃酸には塩酸が含まれており、pH通常1~1.5と強酸性です。重曹を服用すると、胃酸のpHが上昇して胃の粘膜への刺激が低減されるため、胸焼けなどの症状を軽減することができるのです。
健康な人の体はpH7.4程度の弱アルカリ性に保たれています。体が酸性に傾くとさまざまな病気を引き起こす可能性があり、腎臓は血液中に炭酸水素イオンを放出してpHのバランスをとります。[※5]重曹は体のなかで炭酸水素イオンに変わるため、こうした腎臓のはたらきを助け、血液や尿が酸性に傾いている状態(アシドーシス)を改善します。このとき尿のpHがあがると、尿酸の排泄が活発になるため、痛風の症状を予防することができるのです。
重曹はアルカリ性であることから、表皮のたんぱく質を軟化させ、皮脂を分解し、石鹸のように汚れを落として皮膚を清潔に保つ作用があります。[※6]アルカリ性の温泉に入ると肌がなめらかに感じることがあるのは、この2つの作用のためです。こうした温泉に「美肌効果がある」といわれるのは、表皮の古い角質などを除去して新陳代謝を盛んにするからではないかと考えられています。
重曹を含む炭酸水素塩泉(旧・重曹泉)の効果・効能については、臨床的な研究結果も発表されています。湯上がりも保温効果を発揮するのは、重曹の成分が皮膚を刺激し、皮下組織が活性化されて適度な量のヒスタミンが出ることで、深部体温があがるためだとわかりました。[※7][※8]また、淡水泉よりも血管が拡張して血圧が低下する作用が強く、降圧効果が高いことも報告されています。[※9][※10]
重曹は血液中で代謝されるとCO2に変わります。血液中のCO2濃度が高くなると血管が拡張し、血流が増加します。重曹水溶液の静脈注射は、急なめまいの治療によく使われますが、これは重曹によってめまいの原因となる内耳血管や椎骨動脈(脳に栄養を送る動脈)の血流障害を改善するためだといわれています。[※11][※12][※13]
直腸で二酸化炭素を発生させることでぜん動運動を刺激し、便秘を解消する座薬もつくられています。[※4]
そのほか、酸性成分を含む臭いを除去するため、消臭や脱臭にも効果があります。[※14]
食べすぎや飲み過ぎで胃もたれしているかた、ストレスで胃の調子がよくないかたなどの強い味方といえるでしょう。お酒をたくさん飲まれるかたや、尿酸値が高めのかたにもおすすめです。乗り物酔いやメニエール病などのめまいには、重曹注射液の静脈注射が効果的です。ただし、これらのケースに該当する皆さまは、重大な疾患を抱えている可能性もあります。セルフケアだけにたよらず、医師の診断を受けて有効な薬を処方してもらうようにしてください。
美肌や新陳代謝の促進など美容効果を期待するかたは、温泉などの入浴をおすすめします。入浴時には重曹の物理的な研磨作用も活用したいです。重曹は柔らかい結晶構造の分子なので、少し湿らせると結晶の角がとれ、傷をつけず汚れをとることができます。水を加えた重曹ペーストを使えば、ひじ・ひざ・かかとの角質をやさしくケアすることができます。
お肌のパックやピーリングにも使える、という情報もたまにみかけますが、医学的な見地からはスキンケア用につくられた専用の化粧品を使用するのが安全だと考えられているようです。[※15]
生ゴミや体臭などにおいでお悩みのかたは重曹スプレーを試してみてはいかがでしょうか。生ごみに含まれるメチルメルカプタンや加齢臭として知られるノネナールなど、酸性成分の臭いを重曹は中和作用によって消してくれます。[※14][※16]
1日の目安用や上限摂取量は特に定められていません。経口タイプの医薬品の場合、1日3~5gを数回にわけて服用するものが多いようです。用法・用量を守って摂取してください。
株式会社バスクリンの調査によると、肌の洗浄効果を重曹入りの入浴剤とさら湯で検証したところ、さら湯では体の汚れの量が55.9%までしか減らなかったのに対し、重曹入りの入浴剤を使った場合は46.7%まで汚れ減り、肌に対する洗浄効果が高くなっていることがわかりました。[※17]
群馬大学医学部と株式会社ツムラの共同研究によると、硫酸ナトリウム・炭酸水素ナトリウム温水浴と淡水浴が体に与える影響について比較した実験結果は次のようになりました。40℃で10分の座位浴をおこない皮膚の血流量、深部体温、血圧を測定したところ、硫酸ナトリウム・炭酸水素ナトリウム温水浴に入ったあとは、皮膚の血流量が180分にわたって増加。深部体温は入浴後6時間後から淡水浴との差が出始め、10時間後まで高温状態が持続する傾向が観察されました。そして血圧に関しては、淡水浴にくらべて大きな降圧効果をもつことがわかりました。[※9][※10]
18世紀、ヨーロッパからアメリカ大陸にわたってきた入植者たちが、灰の成分である炭酸カリウムに、パンをふくらませる効果があることを発見したのが重曹に関する研究のはじまりです。[※14]
その後、灰の成分に関する研究が進み、1791年、フランスの化学者ニコラ・ルブランが食塩(塩化ナトリウム)から炭酸ナトリウムを製造することに成功。
1839年、ニューヨーク州北部で、医師のオースチン・チャーチが炭酸ナトリウムと二酸化炭素から重曹(炭酸水素ナトリウム)を製造することに成功しました。そして1846年、重曹はベーキングソーダとして製品化され世界中に広がりました。[※18]
日本にわたってきたのは明治時代といわれていますが[※19]、温泉大国である日本には、重曹泉とよばれる温泉が各地にあり、昔から湯治に使われてきました。重曹とのかかわりは、アメリカよりも古くからあるのかもしれません。
重曹はからだや環境にやさしい成分として世界的にも注目されています。さまざまな用途に使える汎用性の高さから、今後さらなる応用に関して研究が進められています。重曹の有用性について、旭硝子株式会社化学品カンパニーの桜井茂さんは次のように述べています。
「公害のない安全で豊かな世界をめざし、化学物質も、 改めて自然さ、作用のおだやかさ、環境へのやさしかからの視点での見直しが進んでいる。脱有機溶剤、野音フロン、炭酸ガス排出削減、ダイオキシン対策に代表される世界的な環境負荷低減の潮流の中で、わが国においても人々の意識の変化、規制強化は、従来の技術進歩を上回る速度で進むようになってきている。
重曹(炭酸水素ナトリウム、NaHCO3)はこうした社会的な要求から、人体にとって安全な弱アルカリとして着目され、医薬品、食品、入浴剤、洗剤、飼料、消火剤、化学薬品用原料、土木などの従来からの用途だけでなく、歯磨き、デオドラント、高純度薬品用原料、ゴミ焼却場やボイラーの排ガス処理、ブラスト用メディアなど、広範囲な分野で利用されるようになってきている」
(AGC化学品カンパニー 技術資料「8.重曹造粒品による水溶性ブラストメディア」より引用)[※20]
ボイラーやごみ焼却場などからでる排ガス処理場では、酸性雨の原因として大気汚染防止法の特定物質に指定されている三酸化硫黄(SO3)を無害化するなど、地球環境の保全に寄与する新たな機能性を発揮しています。[※21]
重曹はシンプルな化学物質ですが、他の物質を混合することでさらなる機能性を引き出すことができる可能性を秘めています。今後さらに新しい活用法が生まれてくるかもしれません。
重曹は大きくわけると「薬用」「食品用」「工業用」の3つの規格に分類されます。どれも純度は99.0%以上ですが、品質に違いがあります。
「薬用」は医薬品につかわれるもので、日本薬局方の規格に基づいて精製されています。アンモニウムは0.01%以下、重金属5ppm以下、ヒ素2ppm以下というように、非常に厳しい基準が設定されています。[※22]精製度が高くキメが細かいことが特徴です。
「食品用」は食品添加物に使われるもので、厚生労働省が定めた食品添加物公定書規格に基づきます。アンモニウムは加熱したときににおいを発しなければOKで、重金属10μg/g以下、ヒ素4.0μg/g以下と若干規格がゆるくなっています。[※22]精製度は薬用より下がりますが、野菜や果物を洗ったり、入浴やボディケアとして使ったりするには問題ないレベルです。
「工業用」には適用法令がありません。[※22]保管方法にも規定がないため、飲用、入浴、スキンケアなどに使う場合はおすすめできません。お掃除用と割り切って使いましょう。
価格は「薬用」>「食品用」>「工業用」で、規格が厳しいものほど高くなります。薬効を主たる目的としないのであれば、食品用の重曹をチョイスすると使い回しがきき、コストパフォーマンスもよいと思われます。
重曹はアルカリ性であることでさまざまな機能性をもつシンプルな成分なので、相乗効果を発揮する成分は特にありません。しかし、食品とは相性がよいといえるかもしれません。
重曹は、ワラビなど山菜のえぐみをとるアク抜きに欠かせない成分です。また、肉やえびなどの「たんぱく質食品」や柑橘類などの「酸味のある果物」のおいしさをグレードアップします。アルカリ性によって、お肉を柔らかくしたり、冷凍海老を生の海老のようにプリプリにしたり、グレープフルーツの酸味をおさえたりしてくれるのです。[※14]
重曹は医薬品また食品添加物として活用される安全性の高い成分です。しかし、大量にとりすぎるとアルカローシス(血液や尿がアルカリ性に傾く)を起こすこともあります。
相互作用のある薬もいくつかあります。アシドーシスの改善薬として使われるマンデル酸ヘキサミンは、重曹によってその効果が阻害されてしまうので注意が必要です。
また、牛乳やカルシウム製剤とも相性が悪く、ミルク・アルカリ症候群という高カルシウム血症を発生させるおそれがあるので、重曹を服用する場合は控えたほうがよいでしょう。[※3]