鉄分は私たちの体をつくるために欠かせないミネラルのひとつです。血液と深いかかわりがあるだけでなく、免疫機能や脳の神経伝達とも密接に関係しています。このページでは、鉄分が体に与える効果・効能やそのはたらきについて解説しています。鉄分と疾病との関係性についても調べています。
鉄分は人間の体の中に3~5gほど存在しているミネラルのひとつ。主に赤血球の中のヘモグロビンというたんぱく質をつくるのに必要な成分です。
体内の鉄分は酸素の運搬や酵素のようなはたらきをするのに使われる「機能鉄」と、鉄分の貯蔵や運搬に使われる「貯蔵鉄」に分けられます。
機能鉄は主にヘモグロビンに存在し、残りは鉄分を含む酵素や筋肉中の色素たんぱく質であるミオグロビンの中に存在し酸素を貯めています。
貯蔵鉄はフェリチンというたんぱく質と結合して肝臓や脾臓などに貯蔵されたり、ヘモジデリンという色素に使われたりします。血液中にある利用される前の鉄分も貯蔵鉄の一部と考えられており、血清鉄と呼ばれます。
「機能鉄」「貯蔵鉄」「血清鉄」のすべてが充足している状態が正常で、いずれか、またはすべてが不足すると貧血といわれます。
食事から摂取できる鉄分には「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」の2種類があります。これらの鉄分は胃から腸管を通り、小腸の細胞内で代謝されて、最終的に血管へと吸収されます。
ヘム鉄は鉄イオンの周りにポルフィリンと呼ばれる化合物があり、鉄とポルフィリンが結合した構造になっています。この構造は、ヘモグロビンの構成要素の1つです。プラモデルの部品のようなイメージで考えるとわかりやすいかもしれません。
ヘム鉄は動物性の食品から摂取できる鉄分で、体内への吸収率は10~20%ほど。胃から腸管を通るときにほかの栄養素の影響を受けにくく、還元する必要がないため、血管までスムーズに吸収されやすいのが特徴です。
また、過剰に摂取した場合には、酵素のはたらきで吸収量が調整されるため、摂りすぎることがほとんどない鉄分といえます。ヘム鉄は関与成分として認められており、トクホへの使用が可能な成分です。
非ヘム鉄は植物に含まれる鉄分です。ヘム鉄と違い、吸収率が1~6%ほどといわれています。吸収率が低いのは、胃から腸管を通る際に、食物繊維やタンニンなどの影響で吸収されにくいのに加え、小腸内でも還元するための手間が必要になることが原因です。
ビタミンCや動物性のたんぱく質と一緒に摂取すると吸収されやすくなることがわかっていますが、ヘム鉄のようにポルフィリンに覆われておらず、鉄イオンがむき出しの状態のため細胞を傷つけやすいという特徴があります。
鉄分には以下のような効果・効能があります。
■貧血予防・改善
鉄分は血液をつくるために役立つことから、適量を摂取することで貧血の予防・改善が可能です。
■疲労回復効果
鉄分には酸素の運搬作用のほかに、疲労の原因ともいわれる乳酸の生成を抑制するはたらきがあるといわれています。また、研究データはまだ不足していますが、下記のような効果・効能が鉄分にはあるとされています。[※3]
■思考力の改善
鉄分が不足している小児や青年期の女性が鉄分を補給すると、思考力や注意力が改善するようです。
■心不全の症状改善
心不全患者には鉄分不足の人が20%ほどおり、鉄分を静脈内投与することで症状が改善する場合があります。
■むずむず脚症候群の症状改善
鉄分を経口摂取することで、脚の不快感改善や睡眠の質の向上などが示唆されています。一部の人は静脈内投与でも同様の効果がみられています。
鉄分が体の中でどのようにはたらいているのかをまとめました。[※1][※4][※5]
鉄分の主な役割は、赤血球中のたんぱく質であるヘモグロビンとなり酸素や二酸化炭素の運搬をすることです。吸い込んだ酸素を肺から受け取り、体の隅々に運びます。運んだ酸素の代わりに二酸化炭素を受け取り、肺に持ち帰るのもヘモグロビンの役割です。
筋肉中に存在するたんぱく質のミオグロビンにも鉄分が含まれていて、酸素を受け取ったり放出したりします。しかし、ヘモグロビンよりは酸素を放出しにくい性質のため、酸素を貯蔵しておくことが可能です。
運動時に鉄分が必要になるのは、酸素の補給・貯蔵以外にも理由があります。それは、運動の衝撃で壊れやすくなった赤血球を補充するため。赤血球にはヘモグロビンが欠かせないので、その材料である鉄分がより必要となるのです。
鉄分は人間だけではなく、病原性のバクテリアも必要とするミネラルです。体内にバクテリアが侵入してきた場合、ヘプシジンというホルモンがはたらき、体内の鉄分をバクテリアから隠し利用されないようにします。鉄分が無いとバクテリアは増殖できません。鉄分をバクテリアに渡さないようにすることで、身を守る免疫機能をはたらかせているのです。
鉄分は脳において、ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質を生成するのに欠かせない成分です。鉄分は、これらの神経伝達物質がつくられる過程で、酵素のはたらきをサポートするのに必要です。鉄分の摂取がうつやパニック発作に有効といわれるのは、こうしたはたらきがあるためです。
以下のような人は鉄分を積極的に摂るようにしましょう。
厚生労働省が発表している日本人の食事摂取基準(2015 年版)によると、鉄分の摂取目安や上限量は以下のようになっています。[※6]
妊娠初期や授乳中は、該当年齢の必要量と推奨量にプラス2.0~2.5mg、妊娠中期・後期の場合は12.0~15.0mgプラスして、必要な量を算出します。
性別 | 男性 | 女性 | ||||||||
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年齢等 | 推定平均必要量 | 推奨量 | 目安量 | 耐容上限量 | 月経なし | 月経あり | 目安量 | 耐容上限量 | ||
推定平均必要量 | 推奨量 | 推定平均必要量 | 推奨量 | |||||||
0~5(月) | - | - | 0.5 | - | - | - | - | - | 0.5 | - |
6~11(月) | 3.5 | 5.0 | - | - | 3.5 | 4.5 | - | - | - | - |
1~2(歳) | 3.0 | 4.5 | - | 25 | 3.0 | 4.5 | - | - | - | 20 |
3~5(歳) | 4.0 | 5.5 | - | 25 | 3.5 | 5.0 | - | - | - | 25 |
6~7(歳) | 4.5 | 6.5 | - | 30 | 4.5 | 6.5 | - | - | - | 30 |
8~9(歳) | 6.0 | 8.0 | - | 35 | 6.0 | 8.5 | - | - | - | 35 |
10~11(歳) | 7.0 | 10.0 | - | 35 | 7.0 | 10.0 | 10.0 | 14.0 | - | 35 |
12~14(歳) | 8.5 | 11.5 | - | 50 | 7.0 | 10.0 | 10.0 | 14.0 | - | 50 |
15~17(歳) | 8.0 | 9.5 | - | 50 | 5.5 | 7.0 | 8.5 | 10.5 | - | 40 |
18~29(歳) | 6.0 | 7.0 | - | 50 | 5.0 | 6.0 | 8.5 | 10.5 | - | 40 |
30~49(歳) | 6.5 | 7.5 | - | 55 | 5.5 | 6.5 | 9.0 | 10.5 | - | 40 |
50~69(歳) | 6.0 | 7.5 | - | 50 | 5.5 | 6.5 | 9.0 | 10.5 | - | 40 |
70以上(歳) | 6.0 | 7.0 | - | 50 | 5.0 | 6.0 | - | - | - | 40 |
妊婦(付加量)初期 | - | +2.0 | +2.5 | - | - | - | - | |||
妊婦(付加量)中期・後期 | - | +12.5 | +15.0 | - | - | - | - | |||
授乳婦(付加量) | - | +2.0 | +2.5 | - | - | - | - |
インドにあるSunder Lal Jain HospitalのGera Tらは、小児と青少年(0~18歳)が鉄分を補給することで、身体機能にどのような影響を与えるのかの試験と分析を行いました。
3件の試験(被験者106名)を分析した結果、鉄分を経口補給させたグループはそうでないグループに比べ、持久力の増加・運動疲労の低減など、身体能力にプラスの影響を与えたことがわかりました。
Gera Tらは今回使用したデータを考慮すると、鉄分が必ずしも良い結果をもたらすとは言い切れないとしながらも、有効なケースもあるとしています。[※7]
ペンシルベニア州立大学栄養学科のMurray-Kolb LE とBeard JLらは、18歳から35歳までの女性113名を対象にした、無作為化単盲検比較試験では、治療の前に鉄分が不足している女性は、鉄分が充足している女性よりも認知機能が低いことがわかりました。
そこで、鉄剤を1日160mg(鉄分量は60mg)、16週間摂取させたところ、貯蔵鉄量の改善(フェリチン値の改善)と認知機能の改善がみられ、双方が関係していることがわかりました。
さらに、認知的な作業スピードのアップとヘモグロビン値の改善にも相関があることがわかりました。[※8]こうした結果から、鉄分は認知能力に関係しているといえるでしょう。
鉄分の歴史は貧血と深い関係があります。
古代ギリシャでは、貧血のクスリとして鉄が利用されていたという記録があります。医学の父ヒポクラテスが記した「ヒポクラテス全集」にも「貧血には鉄が良い」という記述が掲載されていたとのこと。
古代ローマへ時代が移ると、貧血予防のために剣をワインに浸して飲んでいたそうです。それから、17世紀にはいるまでヨーロッパでは「鉄とワイン」が貧血予防のために利用されていました。
鉄分への医学的な関心が高まったのは19世紀ごろ。その中で、フランスの化学者のジャン・バティスト・ブサンゴーが「動物の体には鉄が含まれている」ことを解明しました。
20世紀に入り、「鉄分不足が貧血を起こす」ことが確かとなりました。その後、フランス人医師のヘイエムによって、健康な人と貧血の人との赤血球やヘモグロビンの違いが明らかになったのです。
現代では、食事から摂取できない鉄分は薬やサプリメントなどの開発・販売により手軽に補給が可能です。また、鉄分には血液をつくるはたらき以外にも重要な役割があることから、今後も研究が進められていくでしょう。
鉄不足は不安やパニックを引き起こすと、ふじかわ心療内科クリニックの藤川徳美院長は自著に記しています。
「フェリチンとは、鉄を貯蔵できるタンパク質のことで、フェリチン値が表すのは、『体内にどれだけ鉄分がストックされているのか』ということです。じつは、心療内科を受診する患者さんのうち、特に女性の中に、そのフェリチン値が著しく低い方が多いのです」
(藤川徳美 「うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった」より引用)
不安や落ち込みを抱えている女性患者は、鉄分とたんぱく質が不足していることに藤川医師は気づきます。
「フェリチン値が低い患者さんの一部に、『高タンパク・低糖質食+鉄剤』を基本とした栄養を摂っていただいたところ、驚くような症状の改善がみられたのです」
(藤川徳美 「うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった」より引用)
藤川医師は、鉄不足は身体的な不調だけでなく、精神的な不調もまねくとしています。
鉄分はヘモグロビンとして体中に酸素を運ぶほかにも、脳内物質の生成にもかかわっている成分。体調や精神の不調が続いている人は、もしかしたら鉄分が不足しているかもしれません。鉄分を多く含む食事を心掛けると良いでしょう。
鉄分はさまざまな食物に含まれています。ヘム鉄と非ヘム鉄をそれぞれみてみましょう。
■ヘム鉄を多く含む食べ物(動物性食品)
■非ヘム鉄を多く含む食べ物(植物性食品)
鉄分不足の人は、食品からだけでなくサプリメントや薬から補給することもあるでしょう。ただ、あまりに貧血がひどい場合は医療機関を受診し、医薬品の鉄剤を処方してもらうことをおすすめします。
非ヘム鉄は、そのままだと体内に吸収されにくいのですが、ビタミンCや動物性たんぱく質と一緒に摂取することで吸収率があがります。
鉄分はそれだけを取ればよいわけではなく、赤血球やヘモグロビンをつくるのにはビタミンやたんぱく質など別の栄養素も欠かせません。栄養バランスの良い食事を心掛けることが大切です。
鉄分は過剰摂取・不足のどちらが起こっても、体調不良をまねくおそれがあります。
■鉄過剰症
鉄分を過剰に摂取し続けた場合、以下のような症状が現れる可能性があります。
■鉄欠乏症(鉄欠乏性貧血)
鉄分の不足が長期にわたって続くと、以下のような症状が現れることが確認されています。
鉄分と相互作用が確認されているのは、以下のものです。[※3]
クロラムフェニコール
クロラムフェニコールが新しい血球がつくられるのを阻害するおそれがあるため、鉄のはたらきが弱まるかもしれません。しかし、短期間の摂取であれば重要な相互作用ではありません。
ビスフスホネート製剤/ペニシラミン/ミコフェノール酸モフェチル/メチルドパ水和物/レポチロキシンナトリウム水和物/レボドパ/テトラサイクリン系抗菌薬/キノロン系抗菌薬/ドルテグラビルナトリウム
これらの薬剤は鉄と併用すると、薬の効果が低下する可能性があります。
乳製品やカルシウムサプリメント
鉄サプリメントと併用すると、カルシウムが鉄の吸収を阻害するおそれがあります。鉄欠乏の場合、症状が進行する可能性があるため、別々に飲むようにしましょう。
亜鉛サプリメント
鉄と亜鉛のサプリメントを併用すると、それぞれの成分の吸収を阻害するリスクが高まります。
お茶やコーヒー
鉄のサプリメントをお茶やコーヒーで服用すると、飲料に含まれるタンニンやカフェインによって鉄分の吸収が妨げられるおそれがあります。また、食品に含まれる鉄分の吸収も阻害することがあるため、鉄欠乏症の人は注意が必要です。
急性鉄中毒
一度に多量の鉄分を摂取した場合に起こります。軽度であれば下痢や嘔吐といった症状ですが、重度になると肝硬変や低血圧によるショック症状などが起こり、最悪の場合死に至るおそれもあります。幼児が誤って鉄剤を服用することで起こるケースが多いため、鉄剤の保管には注意を払いましょう。
C型肝炎
C型肝炎の患者は、肝臓の鉄代謝機能が低下しているため、鉄分の摂取量に気を付ける必要があります。鉄分が上手く代謝できずに酸化し、肝臓を傷つけるおそれがあります。医師と相談して、食事内容を決めると良いでしょう。
ヘモクロマトーシス
遺伝性の鉄過剰症です。体内に鉄分が増えることで、臓器に損傷を与えてしまいます。定期的に瀉血(しゃけつ)という血を抜く治療を行います。
鉄欠乏性貧血
鉄分不足からくる貧血です。鉄分の摂取量不足は偏食やダイエットなどにより起こります。
妊娠中や授乳中は鉄分の使用量が増えたり、月経や子宮筋腫などが原因となったりして欠乏する場合があります。また、胃や十二指腸の潰瘍やがん、痔などにより鉄分が吸収できなくなり不足するケースもあるため、単なる貧血と思わず、医療機関を受診して原因を特定するようにしましょう。