補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は疲労や倦怠感などを改善し、元気を取り戻してくれる漢方薬です。気力を補う薬として広く知られており、研究や専門家の見解なども公開されています。ここではそんな補中益気湯について、効果や効能、摂取量などをまとめました。合わせて補中益気湯が体の中でどう作用するのかも紹介しています。
補中益気湯は10種類の生薬が配合された漢方薬で、疲労やだるさ、虚弱体質などに効果がある薬です。[※1][※2]別名「医王湯(いおうとう)」とも呼ばれ、消化吸収機能を上げたいときにも使われます。
補中益気湯の「益気(えっき)」とは、元気を出すこと。「中」は消化吸収にかかわる臓器を指しており、「補中」という言葉には胃腸を健康に保つ、という意味があります。[※1][※2]
言葉の組み合わせからわかるように、補中益気湯は胃腸を元気にして、体の機能を改善する薬です。気が不足すると疲労感やだるさが強くなり、気分が落ち込みやすくなるもの。そんなときによく使われるのが、胃腸のはたらきを改善して気力を補う補中益気湯なのです。
漢方では体質と症状をタイプ別に分類し、一人ひとりに合った薬を処方します。補中益気湯は虚弱体質を表す「虚証」タイプの人に処方されるため、もともと疲れにくく体が頑丈な「実証」タイプには向いていません。
そのため、「実証」タイプの人は補中益気湯ではなく、西洋薬や体力がある人向きの漢方薬を処方されるようです。[※3]
■補中益気湯に含まれる生薬
補中益気湯は、以下の10種類の生薬を組み合わせてつくられています。[※2][※4]メーカーによっては白朮(びゃくじゅつ)ではなく、蒼朮(そうじゅつ)を配合しているものもあります。
生薬はそれぞれ異なる作用を持っています。なかでも補中益気湯の効果に大きく影響するのは人参と黄耆(おうぎ)。この2つの生薬が入った漢方は「人耆剤(じんぎざい)」と呼ばれ、体力と気力を補う手助けをしてくれます。[※4]
補中益気湯には、次のような効果・効能が期待できます。[※2][※4][※5][※6]
■消化吸収を助ける
補中益気湯は弱った胃腸機能を回復させ、消化・吸収機能を向上させます。
■抗がん作用
補中益気湯がおもに腸の免疫細胞を活性化することで免疫機能が高まり、抗がん作用が得られるとの報告があります。
■慢性的な疲労をやわらげる
慢性的に疲労や倦怠感が続く場合、補中益気湯を摂ることで改善が見込めます。
■うつ病や不安障害などの改善
疲れや倦怠感など心身が消耗している状態や、うつ病や不安障害などで気分が落ち込みやすい場合も、補中益気湯が改善に役立つとされています。
■不眠解消
補中益気湯は気虚(全身のエネルギーが不足している)状態を改善し、不眠を解消することがわかりました。
■男性不妊症の改善
研究では、補中益気湯を摂取した人の精子運動が長くなることから、男性不妊症(精子の動きが鈍く、妊娠しづらい状態)の改善に役立つとされています。
ほかにも、補中益気湯に配合されている生薬には以下のような効果があります。[※2]
補中益気湯には10種類の生薬が配合されているため、体への作用も多岐にわたります。[※2][※4]
効果の中心となる人参や黄耆は滋養強壮作用を持ち、疲れやだるさをやわらげてくれます。そのため体が疲れにくい状態になって気虚(エネルギー不足)状態が改善され、不足していた気力や体力を補うことができるのです。
当帰は血を補って巡らせることでエネルギーをつくり、白朮・蒼朮は発汗や利尿によって水分の循環を促して血の巡りを良くします。
また、柴胡と升麻には炎症を鎮める効果があり、滋養強壮作用で補ったエネルギーをさらに高めてくれます。鎮痛作用のある甘草も一緒に配合されています。
ほかにも補中益気湯の作用として挙げられるのが、健胃(胃腸を健康にする)作用です。成分として含まれる生姜や大棗(なつめ)、陳皮などが胃腸のはたらきを助けることで消化・吸収の効果が高まり、弱った消化器官を元に戻してくれます。
上記の作用から、補中益気湯は胃腸のはたらきを整え、血の巡りを改善して栄養状態を良くすることがわかります。そのうえで気力・体力を補い、心身を元気にする効果を持った漢方薬といえるでしょう。
最近では研究が進み、免疫細胞を活性化させる作用[※5]や精子の運動時間を長くする効果[※7]もわかってきています。
補中益気湯は次のような症状が出ている人に適した漢方薬です。[※2]
補中益気湯の摂取量は、1日に7.5gとなっています。通常、2~3回に分けて食事の前後に摂取します。食事前に摂取する場合は30分前、食後であれば2時間後が目安です。[※8]
万が一飲み忘れた場合は、気がついたときに1回分飲めば問題ありません。ただし、次に飲む間隔が近い場合は1回とばして服用してください。
副作用が出るリスクが高まるため、2回分をまとめて飲むのは避けましょう。
補中益気湯はさまざまな会社から販売されていますが、製品によって使用量が大きく変わる、ということはありません。
補中益気湯はさまざまな研究がされており、効果の裏付けとなるエビデンスも多く発表されています。
関西大学福祉科学大学健康福祉学部の倉恒弘彦教授らは、補中益気湯に慢性疲労症候群を治療する効果があると報告しています。
慢性疲労症候群とは、原因不明の強い倦怠感や体の痛み、うつ状態などの症状が起こる病気で、長期間にわたって普通の生活ができなくなるといわれてきました。
倉恒らは慢性疲労症候群と診断された21名の患者に12週間、補中益気湯または生薬製剤を処方。服用期間中は疲労や症状の度合いを調べる調査を行っています。
結果、21名中13名で疲労が軽くなったことがわかりました。また、補中益気湯を飲む前に痛みや腫れなどの症状が出ていた患者に関しては、半数の症状が改善されています。[※9]
ほかにも、国立京都病院内分泌代謝疾患センター・研究部の田代眞一教授 (現:京都府立医科大学客員教授)が発表した研究では、補中益気湯を飲んだ男性の精液に含まれる精子の運動を調べています。
試験では健康な成人男性に補中益気湯3包(7.5g)を摂取してもらい、3~6時間後に精液を採取しました。その後、精子を取り出し、運動する時間を測定。
補中益気湯を飲んでいない男性の精子の運動率と比較したところ、補中益気湯を飲んでいない男性の精子よりも、補中益気湯を摂取した男性の精子のほうが運動時間は長いことがわかりました。
このことから、補中益気湯には、精子の機能が低下して起こる男性不妊症を改善する効果が示唆されました。[※7]
補中益気湯は中国の李東垣(り とうえん)という学者によってつくられた、約750年の歴史を持つ漢方薬です。中国だけでなく、日本を含む近隣諸国で幅広く応用されてきた歴史があります。
李東垣が記した医学書『内外傷弁惑論』には、服用の方法や原理、補中益気湯のつくりかたが載っており、もともと内傷(体内の不調)治療に使われていたことがわかっています。
一説によると、李東垣自身が内傷にかかりやすく、胃腸や脾臓を痛めやすい体質だったことから、補中益気湯が開発されたともいわれています。
補中益気湯が日本に伝わった年代は明らかになっていませんが、文献に引用され始めたのは1574年ごろからでした。そのころ刊行された曲直道三の 『啓迪集』には、補中益気湯について14箇所の記述が見られたそうです。
その後、時代を経て効果や作用などの解明が進み、現在も多様な効果を持つ漢方薬として治療に用いられています。
漢方薬の中でも有名な補気剤である補中益気湯は、東洋医学の研究者によっていろいろな効果がわかってきています。効果や作用について見解を述べている薬剤師もおり、どんな症状に適しているのかまでまとめられているようです。
一二三堂薬局で管理薬剤師を務める吉田健吾氏は、補中益気湯についてこう語っています。
「補中益気湯は最も有名な補気剤といってもオーバーではない漢方薬です。別名が医王湯(いおうとう)という点からもその有用性がわかります」(一般社団法人 女性とこどもの漢方学術院「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)|わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説」より引用)[※10]
補中益気湯は広く知られる補気剤(気を補う薬)であり、さまざまな分野で有効性が示唆されている薬です。
補気作用を持つ黄耆や補血作用がある当帰が含まれていることから、体内の気力不足による症状やトラブルを改善。くわえて柴胡や升麻による作用で、臓器の不調やウイルスによる不調を元に戻してくれます。
体内の気力・体力を補うだけでなく、抗ウイルス作用や胃腸状態の改善もできる、幅広い薬効を持つ薬が補中益気湯なのです。
また、吉田氏は補中益気湯を使う際のポイントについても述べています。
「補中益気湯を用いる上でのポイントは疲労感が顕著な点です。一方で疲労感にくわえて食欲不振や吐気・嘔吐がよりつらい方には六君子湯が勧められます。
六君子湯には鎮吐作用に優れた半夏と生姜のペアが含まれているのがその理由です。さらに消化器の弱い方はまれに補中益気湯に含まれている当帰で胃もたれを起こすこともあるので、六君子湯の方が無難といえます」
(一般社団法人 女性とこどもの漢方学術院「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)|わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説」より引用)[※10]
疲れている人に必ず補中益気湯を飲ませるのが良いわけではなく、吐き気や食欲不振などがある場合はほかの漢方薬を使うのが良いとのこと。
使う人の体質や状態によっては副作用を引き起こすため、症状のタイプを見極めたうえで、適切な漢方薬を飲むことをすすめています。
胃腸のはたらきを高め、体にある気(エネルギーのようなもの)を補うことで疲れを改善するのが補中益気湯の作用です。
そのため、気分が落ち込んでいたり疲れがとれにくかったりする場合に使うのが効果的。体の調子を整えることで気力・体力を充実させられます。連日仕事で疲れている人や落ち込むことが増えた人は一度試してみてはいかがでしょうか。
また、食べ過ぎや飲み過ぎ、生活習慣の乱れなどで胃腸が弱っている人も、補中益気湯を飲むことで改善が見込めます。食べ飲みの付き合いでなかなか胃をいたわることができないのであれば、補中益気湯を定期的に摂って胃腸のはたらきを高めると良いでしょう。
ただし、疲労感にくわえて食欲不振や吐き気などが強い場合は、補中益気湯に含まれる当帰で胃もたれを起こすことがあるため、胃腸が弱い人は六君子湯(りっくんしとう)を用いてください。
補中益気湯はほかの漢方薬と併用することで体のエネルギーが不足している状態を改善し、不眠やアトピーなどの症状を軽くすることがわかっています。[※6]
柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)や温経湯(うんけいとう)などの更年期症状を改善する漢方薬と併用すると、日中に活動しやすい体質へ変化。結果、寝つきの良さや起きたときのスッキリ感が高まります。
また、難治アトピー性皮膚炎患者に対して、五苓散(ごれいさん)や黄連解毒湯(おうれんげどくとう)などの製剤と合わせて処方したところ、症状が軽くなったという報告があります。[※11]
補中益気湯を摂取すると、体質によっては副作用を引き起こす可能性があります。また、過剰摂取や併用でも副作用があらわれるといわれています。
頭痛や発熱、だるさなどの自覚症状があらわれた場合は、間質性肺炎や肝機能障害、黄疸(体が黄色くなる症状)など重大な副作用を起こしている可能性があります。次のような症状が見られたら、直ちに医師や薬剤師に相談しましょう。
■主な副作用
発熱、体のだるさ、筋肉の痛み、頭痛、白目が黄色くなる、咳、嘔吐、吐き気、食欲不振、手足のしびれ、筋肉のこわばり、尿の色が濃くなる、麻痺など
■重大な副作用
補中益気湯は、生薬の甘草を含む薬や、甘草を代謝して得られるグリチルリチン酸製剤と併用すると相互作用が起こるため、注意が必要です。[※12]
甘草またはグリチルリチンを摂取すると、腸内細菌が出す酵素によってグリチルリチン酸に代謝され、体内に吸収されます。
すると体にナトリウムが溜まりやすくなり、カリウムを排出しやすい状態なるため、高血圧や低カリウム血症、むくみなどさまざまな症状が出てくる「偽アルドステロン症」を発症しやすくなります。
相互作用が強まると血中のカリウム濃度がさらに低下し、筋肉が小さくなるミオパチーを引き起こす場合があります。
相互作用が起こるのを防ぐため、補中益気湯を飲んでいる期間は甘草由来の製剤を摂取しないようにしてください。