八味地黄丸(ハチミジオウガン)とは、臓器や泌尿器系の調子を整える漢方薬です。中国古来の医学書に記されている歴史ある漢方処方で、8種類の生薬が調合されています。その効果に関しては日本でも研究が進められ、現在は医薬品として医療機関や薬局、薬店などで提供されています。八味地黄丸の効果効能、東洋医学の考えにもとづく作用機序などを解説しています。また、近年の研究データや副作用、医薬品との相互作用に関する情報もまとめました。
八味地黄丸とは、東洋医学で用いられている漢方薬です。八味地黄丸という名前のほかに、八味丸(ハチミガン)という名前でも呼ばれています。名称に「八味」という言葉が使われているのは、8種類の生薬を調合してつくられているためです。8種類の生薬のうち、「地黄(ジオウ)」が主薬に使われていることから、八味地黄丸と名付けられたと考えられています。
また、中国の古典医学書『金匱要略(きんきようりゃく)』には、八味腎気丸(ハチミジンキガン)や腎気丸(ジンキガン)という名称で記されています。東洋医学では、内臓や免疫、泌尿・生殖器、中枢神経などの機能をまとめて「腎」といいます。つまり、八味腎気丸や腎気丸は、腎の精気を補うことで体の調子を整える漢方薬です。
日本で保険適用となっている八味地黄丸エキス剤は次のような症状・病気に効果があるとされています。[※1]
また、八味地黄丸は中高年によくあらわれる脚のしびれや痛み、かすみ目や高血圧、肩こりや耳鳴りなどの症状改善の目的でも利用されています。[※2][※3]
八味地黄丸は体を温め、体のエネルギーの大元となる精気を高める「温補腎陽(おんぽじんよう)」の考えをもとに処方されています。そのため、八味地黄丸を構成する8つの生薬のうち、体を温める「地黄(ジオウ)」が主薬となります。
東洋医学では、人のエネルギーは腎陽(体を温める精気)と腎陰(体を潤おわせる精気)のバランスによって調整されていると考えられています。
腎陽が不足すると足腰のだるさや冷え、頻尿などの症状があらわれる「腎陽虚」という状態になり、腎陰が不足すると目のかすみやのぼせたような症状があらわれる「腎陰虚」という状態になります。
加齢や病気、出産などによって温かみを生み出す腎陽が不足すると、体が冷えて筋肉の柔軟性が失われます。腎陽虚の症状が顕著に合われるのは膀胱です。尿を溜める膀胱は、柔軟性が失われると尿を溜められなくなってしまうため、尿漏れや頻尿を引き起こします。
また、体が冷えると汗の量が減り、体内の水分は膀胱へと移動するためトイレの頻度が増えます。
八味地黄丸は、不足している腎陽を補う作用によって下半身の温かみを取り戻し、下半身の不調を改善してくれます。[※4][※5]
八味地黄丸は、尿漏れや頻尿など、泌尿器系の症状に心当たりがある人におすすめの漢方薬です。泌尿器系の症状があらわれている人は年齢にかかわらず腎が弱っている可能性が高いため、腎気を補う必要があります。また、冷え症の人や脚がつかれやすい人、口内が乾きやすい人も腎陽虚の可能性があるため、八味地黄丸が適しています。[※4][※5]
日本では、処方箋なしで購入できる医薬品(第2類医薬品)として、ドラッグストアや薬局で「八味地黄丸」が購入できます。
医薬品としての1日あたりの用量は6.0~7.5gです。ただし、年齢、体重、症状によって変動することもありますし、顆粒なのか丸薬なのかによっても違いがありますので、使用する際は必ず医薬品ごとに定められた用量を守りましょう。
また八味地黄丸は、1日あたりの用量を2~3回にわけて摂取する必要があります。[※1][※3]
これまでに八味地黄丸を用いて行われた研究では、泌尿器系の症状に対する効果、血流改善効果、白内障予防に関する実験データなどが報告されています。
2015年に獨協医科大学越谷病院泌尿器科と土佐クリニックの医師らが合同で行った研究によると、八味地黄丸投与による下部尿路症状の改善が示唆されています。
臨床試験の対象者は、下部尿路症状の症状を訴えて獨協医科大学越谷病院泌尿器科と土佐クリニックを受診していた患者の中から選出されました。
これまでに行った前治療の効果があまり得られず、腎虚の状態にある男性30人(平均年齢74.7歳)が対象をとし、1日7.5gの八味地黄丸顆粒を投与しました。ただし、30人中5人は、八味地黄丸の服用から2週間後に胃の不快感や吐き気などの症状を訴え、臨床試験を中断しています。
臨床試験を継続した25人は、3か月後に前立腺症状、畜尿症状、排尿QOL(困窮度)、排尿問題による影響度などのスコアが改善されました。[※6]
四天王寺大学に所属する佐藤廣康教授らは、2016年に八味地黄丸の血管弛緩作用に関する研究を行いました。
実験の対象となったのは10~15週齢の若年ラットと35週齢以上の高齢ラットです。実験の結果、八味地黄丸は同じ腎補剤として処方される六味丸と比べて、強い血管弛緩作用をもっていることが明らかになりました。
また、六味丸は高齢ラットに対して血管弛緩作用が弱まったのに対し、八味地黄丸は高齢ラットに対する血管弛緩作用が強まったことも報告されています。
このことから、八味地黄丸は、高齢者の動脈硬化に対して高い有用性が期待できると考えられています。[※7]
2017年に横浜薬科大学の薬学部臨床薬理学研究室に所属する岡美佳子教授らが行った研究では、水晶体を守るビタミンCの量を減少させることで白内障を引き起こす「糖尿病性白内障」の予防効果が示唆されています。
実験では糖尿病モデルラットが用いられ、八味地黄丸と六味丸を混ぜた餌を与えられました。その結果、糖尿病による水晶体内ビタミンCの減少量は抑えられ、白内障予防効果を示したと報告されています。[※8]
漢方薬としての八味地黄丸の効果は、中国の古典医学書『金匱要略(きんようりゃく)』に記されています。金匱要略とは、3世紀はじめに記された古典医学書『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』内にある慢性病の内容を抜粋してまとめたものです。
金匱要略内で八味地黄丸という名前は使われておらず、「崔氏八味丸(テングハチミガン)」「八味腎気丸(ハチミジンキガン)」「腎気丸(ジンキガン)」などの名称で記されていました。[※9]
また、次のような意味の条文が記載されています。[※10]
このような情報から、八味地黄丸は古くからさまざまな薬理効果が示唆されていた漢方薬だとわかります。
日本では、江戸時代に広く用いられた処方集『古今方彙(ここんほうい)』に八味地黄丸の使用法が引用されていました。
また、江戸川幕府初代将軍の徳川家康は、健康の目的で八味地黄丸に用いられる地黄(ジオウ)、山茱萸(サンシュユ)、山薬(サンヤク)、沢瀉(タクシャ)、茯苓(ブクリョウ)などの生薬を自ら調合して、「無比山薬丸(ムヒザンヤクガン)」という漢方薬をつくっていたといわれています。
八味地黄丸が日本の医師の手によって、中国の伝統的な用途以外の目的に工夫されるようになったのは江戸後期。昭和以降には、八味地黄丸の研究が進められ、さまざまな効果が示唆されるようになりました。[※10]
心療内科、精神科、内科を設けている元住吉こころみクリニックでは、八味地黄丸について以下のように説明しています。
「八味地黄丸は、比較的安全な漢方薬といわれ、重篤な副作用はめったにみられません。しかし、子供に対する処方や、飲み合わせによっては注意が必要です」
(元住吉こころみクリニック「八味地黄丸【7番】の効果と副作用」より引用)[※11]
元住吉こころみクリニックでは、安全性が高いといわれている八味地黄丸であっても、飲み合わせや副作用に対して注意する必要があると語っています。具体的に気をつけるべき人についても解説しています。
「八味地黄丸は、虚証の人に向く処方です。体力がある人、暑がりでのぼせがある人には誤治となります」
(元住吉こころみクリニック「八味地黄丸【7番】の効果と副作用」より引用)[※11]
「虚証」とは、つかれやすく、調子を崩しやすい体質のことです。普段から顔色が良く活動的な「実証」の人が八味地黄丸を摂取すると、体が必要以上に温められ、のぼせたような状態になってしまいます。
「地黄には胃の動きを悪くさせる作用があるため、食欲不振や吐き気、下痢などの胃腸症状を起こしやすい人は慎重に使います。胃の調子が低下している人は、食後の服用にするか、六味丸のほうが良いでしょう」
(元住吉こころみクリニック「八味地黄丸【7番】の効果と副作用」より引用)[※11]
地黄は八味地黄丸の主薬です。地黄は血中の熱を除去するはたらきや補血作用などがある体に良い生薬ですが、刺激性があるため胃腸が弱い人には適しません。胃腸が弱い人は、八味地黄丸よりも効果や刺激がおだやかな漢方「六味丸」を利用しましょう。
また、元住吉こころみクリニックでは、八味地黄丸に含まれる生薬「附子(ブシ)」の有毒性や刺激性について以下のように説明しています。
「八味地黄丸には、生のままだと有毒成分のアルカロイドを含む附子が使われています。漢方に使うものは安全に処理をされていますが、それでも人によっては舌のしびれ、吐き気、動悸、不整脈といった交感神経刺激症状をあらわすことがあります」
(元住吉こころみクリニック「八味地黄丸【7番】の効果と副作用」より引用)[※11]「そのため、附子を含むほかの漢方薬と一緒に飲むと、附子の摂取量が多くなってしまうので注意が必要です。また、子供には特に注意します。2歳未満には処方しないのが一般的です」
(元住吉こころみクリニック「八味地黄丸【7番】の効果と副作用」より引用)[※11]
アルカロイドとは幻覚作用のある成分です。八味地黄丸を構成する生薬・附子に含まれています。漢方薬として調合する際に処理されていますが、安全性を重視するならデリケートな小児への処方を避けたほうが良いでしょう。とくに2歳未満には処方しないことになっているようです。
また、元住吉こころみクリニックでは、八味地黄丸に含まれる生薬「牡丹皮(ボタンピ)」の作用によって起こりうるリスクも懸念しています。
「牡丹皮が血流を促進するため、妊娠している人が服用することで流産や早産を起こす可能性もあります」
(元住吉こころみクリニック「八味地黄丸【7番】の効果と副作用」より引用)[※11]
血流改善は一般的に良い作用ですが、誰しもに当てはまるわけではありません。妊娠中は血流促進によってリスクが発生するため、八味地黄丸の摂取は避けてください。
八味地黄丸は医療機関で処方してもらうほか、薬局・薬店などで第2種医薬品として購入することもできます。ただし、服用している医薬品がある人は相互作用が、体質によっては副作用があらわれるおそれがあるため、一度医師に相談することをおすすめします。
あまり意識していない人が多いですが、漢方薬は「くすり」です。八味地黄丸を摂取する場合には、ほかの医薬品との相互作用を避けるために、必ずお薬手帳に記載するようにしましょう。
八味地黄丸は、以下8種類の生薬によって構成されています。
八味地黄丸をはじめとする漢方薬は、原因にはたらきかけて体質を変える「原因療法」にあたります。症状を軽減したうえで、自然治癒力を高める西洋医学の「対症療法」とは違い、体質を変えるほど強力な薬理効果をもっているため、注意が必要です。
胃腸が弱い人が八味地黄丸を摂取すると、嘔吐や食欲不振などの副作用があらわれる場合があります。また、体力がある人や基礎代謝が高い人が八味地黄丸を摂取すると、のぼせたような状態になってしまいます。
また、人によっては発疹や肝機能障害、下痢や便秘、舌がしびれるなどの副作用があらわれることもあります。八味地黄丸は医師の処方箋がなくても購入できますが、安全性を考えるなら病院で医師に処方してもらうことをおすすめします。[※13]
八味地黄丸と医薬品の相互作用に関する臨床データは不十分なため、詳細は明らかになっていません。