中華料理やイタリア料理に欠かせない香味野菜であるニンニクは、滋養強壮やスタミナアップに効く食材として知られています。でもじつは、そのほかにもたくさんの生理活性や機能性をもっている「健康野菜の王様」ともいえる存在なのです。さまざまな研究データを見てみると、そのパワーの秘密はニンニクの香り成分にありました。
ニンニクはヒガンバナ科ネギ属の多年草です。学名はAllium sativum。“Allium”は“garlic”の古いラテン名で、「におい」を意味するalereおよびhaliumを語源としています。その由来どおり刺激的な香味をもち、古くから薬や香辛料、スタミナ食品として活用されてきました。[※1]
強い香りが特徴的な食品ですが、研究の結果、香り成分であるイオウ化合物がさまざまな生理活性や機能性をもつことがわかってきました。現在は”がんを抑制する食べ物”として注目される「デザイナーフーズ・プログラム」でいちばん重要性が高い食品リストに入っています。[※2]
ニンニクには次のような効果・効能があるといわれています。
■体力増強・疲労回復効果
ニンニクに含まれるアリシンには、体力増強や疲労回復に欠かせないビタミンB1を効率良く体に吸収させる作用があります。ニンニク自身にもビタミンB1が豊富なため高い効果が期待できます。
■風邪の予防・回復効果
体を温め発汗を促します。殺菌・抗菌効果が高い成分を含んでいるため病原菌やウイルスなどを撃退する効果があるとされています。免疫力を高める効果もあるため治癒力が高まります。
■冷え症や肩こりの改善
血行をよくして体を温めることで、冷え症や肩こり、むくみなどを改善します。
■脳卒中や心筋梗塞、動脈硬化の予防
コレステロール値を下げ、血小板血栓をできにくくする作用があり、脳卒中や心筋梗塞、動脈硬化のリスクを低減します。
■血圧降下作用
血小板凝集作用を抑えて血液の流動性を高め、血液の流れをよくします。動脈の血管壁を広げる効果もあるため、血液の流れがよくなり、血圧を下げる作用があります。
■アンチエイジング・抗がん作用
体を酸化ストレスから守り、若々しく健康にたもちます。胃がん、結腸がんなど一部のがんのリスク減少に有意な結果が認められることがわかっています。
■抗ストレス作用
ストレスを低減させ、睡眠の質を高め、疲労回復を促す効果があることが報告されています。
■肝機能の強化・肝障害の予防
肝臓のはたらきを助けて有害物質からのダメージを防ぎます。二日酔いの予防や改善などにも効果が期待できます。
■学習と記憶能力の向上・認知症の予防
脳の神経細胞の維持し、新しい細胞の再生を促す効果があります。学習能力や記憶力を向上させることが報告されており、認知症の予防や改善に期待がもたれています。
多様な生理機能性は、ニンニクに含まれる各種イオウ化合物に起因します。
ニンニクにはアリインという成分が含まれています。アリインはシステインの誘導体で無臭な物質です。
刻んだりすりおろしたりしてニンニクの組織を破壊すると、アリインはアリナーゼという酵素の作用によってアリシンに変化します。アリシンはニンニクのツンとする香りの成分で、強い殺菌・抗菌作用をもっています。[※3]
アリシンは反応性が高く、化学反応で次々と新しい化合物を生み出します。代表的な反応は、ビタミンB1と結合してアリチアミンを作ることです。
ビタミンB1は水溶性で体内への吸収はあまりよくありません。通常、腸から1日5~10mgしか吸収されず、3時間程度で体外に排泄されてしまいます。
しかし、アリチアミンになると腸から吸収されやすくなり、その後血液中でゆっくりと分解することから、体へのビタミンB1の吸収率が高くなるのです。[※4] アリチアミンをもとにビタミンB1誘導体を製剤化したものが「アリナミン」です。[※5]
アリシンはおもに脂溶性のイオウ化合物に変化します。アリシンからできる化合物には、ジアリルジスルフィド(DADS)、ジアリルトリスルフィド(DATS)、メチルアリルトリスルフィド(MATS)といった「スルフィド類」や、アホエンなどがあり、それぞれ次のような生理活性をもっています。[※6]
■ジアリルジスルフィド(DADS)
二硫化アリルともいわれ、ニンニクの精油の主成分です。肝臓の解毒作用を強化したり、神経細胞を酸化ストレスから保護したりする作用があります。[※7]
交感神経を刺激して、記憶力の強化や抗うつ作用のあるノルアドレナリンの分泌を促すことも確認されています。[※8]
■ジアリルトリスルフィド(DATS)
ニンニクの香り成分のひとつで、オイルで低温加熱したときに立ちのぼる、おいしそうな香りのもとです。強いがん抑制効果があることがわかって注目されている物質です。
細胞分裂に必要なチューブリンというたんぱく質を阻害して、がん細胞にアポトーシス(細胞の自死)を起こさせる作用があることがわかりました。ニンニクにはがん抑制効果のある成分がほかにもありますが、DATSがもっともその効果が高いということです。[※9]
■メチルアリルトリスルフィド(MATS)
ニンニクオイル中に約7%含まれる香り成分で、漬け物のようなにおいのする物質です。血小板凝集を抑制する作用があり、脳卒中や心筋梗塞、動脈硬化を予防する効果が期待されています。
血管が傷つくと、そこから血小板を刺激する物質が分泌され、血小板内にトロンボキサンA2という物質が生まれます。
トロンボキサンA2は周囲の血小板にはたらきかけ、血小板を集合させて傷口の修復に必要な血栓をつくろうとします。MATSはこのトロンボキサンA2が過剰につくられないように抑制する作用をもっています。[※10]
■アホエン
アリシン3分子が結合したもので、抗血栓作用、抗菌作用、抗ウイルス作用、コレステロール低下作用、血小板凝集抑制作用、抗腫瘍作用など、ニンニクのもつさまざまな健康機能がすべて確認されています。[※11]
青森県産業技術センター農産物加工研究所の報告によると、新鮮なニンニクを破砕した後、2時間程度おいてアリシンが十分につくられるのを待ち、植物油を添加してから室温で5日程度保存した場合にもっともアホエンの生成量が多くなることがわかりました。 [※12]
このほかにもニンニクの有効成分として、S-アリルシステイン、スコルジニン(スコルジン)などが知られています。
■S-アリルシステイン(SAC)
γ-グルタミル-S-アリルシステイン(GSAC)というアリインの前駆物質は[※13]、酵素反応によってS-アリルシステインという物質に変化します。
SACはニンニクからしか見つかっていない無臭の物質で、体内のNK細胞(ナチュラルキラー細胞)を活性化させる作用をもっており、大腸がんを予防する効果が確認されています。[※7]
肝臓内でコレステロールの合成を抑制する効果もあり、動脈硬化の予防にも期待がもたれます。[※14] また、神経細胞の樹上突起を保護・再生するはたらきがあり、脳機能の保護や記憶力のアップにも効果があることがわかりました。[※15]
長期熟成させることで含有量が数倍から数十倍に増える成分で、「黒にんにく」などニンニクの熟成加工品に多く含まれています。
■スコルジニン(スコルジン)
チッ素やイオウを含む配糖体で、無臭の物質です。グルクロン酸、ニコチン酸アミド、タウリン、システイン、クレアチンなど、複数の機能性成分を含んでいます。
肝臓のはたらきやビタミンB1の吸収・合成、エネルギー代謝などを活性化させるため、体力増強や疲労回復に効果があるとされています。[※16][※17]
血小板凝集抑制作用、コレステロール値や中性脂肪値や血圧を下げる作用、細胞の新陳代謝を促進して免疫力を高める効果なども期待されています。[※18]
疲れ気味のときや、体力の低下を感じているかたの疲労回復や活力増強にぴったりです。殺菌力が高く、体の抵抗力をアップさせるので風邪のひき始めなどにもよいでしょう。
さらに冷え性や肩こりなど慢性的に悩んでいる人にもおすすめです。食欲を増進させる効果もあります。
タマネギなどと同様に血液をサラサラにして血圧を下げる効果があります。動脈硬化や心筋梗塞、高血圧などが心配なかたは食事に取り入れてみてはいかがでしょうか。
生ニンニクで1日1片、火を通すなら2~3片程度が目安といわれています。サプリメントの場合は、生ニンニク換算で4g程度を目安に摂取するようにしましょう。[※3][※19]
オーストリア・アデレード大学のグループが医学専門誌に発表した研究結果によると、1日あたり3.6~5.4mgのニンニクエキスを高血圧患者に服用してもらったところ、最大血圧が平均8.4mmHg、最小血圧が平均7.5mmHg下がりました。[※20]
ニンニクとがんについては世界各国で行われた集団研究の結果から、ニンニクの摂取量増加と特定のがん種のリスク減少とのあいだに、相関があることが示されています。[※21]
ニンニクと人類との関わりは6000年以上前からといわれています。世界最古の医学書とされる古代エジプトの『エーベルス・パピルス』には、さまざまな疾患に対するニンニクの処方が記されています。[※22]
日本に伝わった時期については諸説ありますが、奈良時代(918年)に編纂され、現存している日本最古の薬用辞典である『本草和名(ほんぞうわみょう)』に、ニンニクに関する記述があるそうです。[※23]
近代化学でニンニクの有効成分に関する研究が始まったのは19世紀の半ばです。1844年、ドイツの化学者・ベルトハイムによって、ニンニクの有効成分がその香り成分にあることが明らかにされました。
20世紀に入ってから、ニンニクの香り成分についての研究が盛んになり、アリシンを中心とするイオウ化合物の存在やその生理活性や機能性が徐々に解明されてきました。
1892年にはドイツの化学者・ゼムラーによって、ニンニクの香り成分であるイオウ化合物から、DADS、DATSなどの成分組成とほぼ同じものが解析されていたといわれています。[※24]
ニンニク研究の第一人者として知られる、日本大学名誉教授の有賀豊彦先生は「ニンニクは現代人に欠かせない食品」と語っています。
「私たち人間の体内には、グルタチオンという『にんにく』に含まれるアリシンという物質に似た含硫化合物や白血球、リンパ球をはじめとする免疫系など数多くの物質や精巧な防御機能が備わっています。
それに対して、にんにくはアリシンの生成機構がその大半をカバーしているのです。それほど生理的に重要な物質だからこそ、人間の体内でも様々な働きをし、さらにいい影響を与えるのです」[※25]
ニンニクに含まれる成分はどれも必須栄養素ではありません。しかし、そのすべてが体にとってとても有用な健康効果をもつ成分ばかりです。
ニンニクの作用機序やエビデンスについて、今後も研究やデータの蓄積が続けられていくことと思われます。
摂りたい成分によって調理の仕方を変えるのが、ニンニクの有効成分を上手に活用するコツです。
SACはニンニクを長期熟成させることで得られますが、こちらは一般家庭でつくるのは大変なので、黒にんにくなどの健康食品やサプリメントを利用するのがよいでしょう。
ビタミンB1を吸収しやすくするため、豚肉などビタミンB1を多く含む食品との相性は抜群です。疲労回復効果がさらにパワーアップします。
イワシやサバなどEPAやDHAなどを含む食品と組み合わせると、血液をサラサラにする効果を高めることができるでしょう。
卵黄とも相性がよいことがわかっています。にんにく卵黄は江戸時代から続く伝統スタミナ食として知られています。
卵黄はアミノ酸が豊富で体の免疫力を高める効果があり、卵黄に多く含まれるレシチンには肝機能を保護・強化するはたらきや、血中のコレステロール値を下げるはたらきがあります。
ニンニクも同じ効果をもつため、こうした生理活性を上げることができるのです。[※26]
通常の食品として適量を摂取する場合には特に問題ありません。生のニンニクの摂りすぎは、胃を荒らし、腸内の有用な菌を減らしてしまうため注意が必要です。[※19]
血小板凝集を抑制するため、ワルファリンなど血液凝固に関連する薬剤との併用は避けてください。そのほか、HIV感染の治療薬であるサキナビルの効果を阻害することがわかっています。[※27]