腸内の善玉菌を増やし、有害物質を体外へ排出してくれる食物繊維(ダイエタリーファイバー)は、糖質、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルに続く「第6の栄養素」ともいわれ、わたしたちの体に欠かせない成分です。便秘や肥満、大腸がんの予防など、腸内を健康に保ってくれるだけでなく、糖尿病や心筋梗塞、高血圧などの予防や改善にも効果があることがわかってきました。
こすぎレディースクリニック 椎名邦彦医師監修
食物繊維とは、食べ物の中に含まれ人間の消化酵素では消化することができない物質の総称です。[※1] 内臓で消化・吸収されるほかの栄養素とは違い、体の構成成分やエネルギーになるわけではありませんが、腸内の老廃物や有害物質を体外へ排出し、腸内環境を整えるという役割をもっています。近年の研究で、心筋梗塞や糖尿病の予防、高血圧や肥満の改善など、生活習慣病のリスクを下げる効果があることがわかり、一躍注目を集める存在となりました。
食物繊維は、水に溶けずほぼそのままの状態で腸管を通過する「不溶性食物繊維」と、水に溶け腸内でジェル状になる「水溶性食物繊維」の2つに大きくわけられます。[※2] 不溶性食物繊維と水溶性食物繊維には次のようなものがあります。
■不溶性食物繊維
セルロース・・・植物の細胞壁の主成分で、不溶性食物繊維の代表格。食事でとる食物繊維の大半を占める。[※3] ほとんどの野菜、穀類の外皮に含まれる。
ヘミセルロース・・・セルロール同様、植物の細胞壁を構成する成分。穀類の外皮に多く含まれる。
リグニン・・・上記の2つ同様、植物の細胞壁を構成する成分。豆、カカオ、いちごの種の部分に含まれる。
キチン、キトサン・・・エビやカニなど甲殻類の殻に含まれる動物性の食物繊維。キノコなど菌類の細胞壁にも含まれる。
■水溶性食物繊維
ペクチン……植物の細胞壁に存在する多糖類で、熟した果物に多く含まれる。ジャムやゼリーの製造に利用される。
グルコマンナン……コンニャク芋に含まれる炭水化物で、こんにゃくの原料となる成分。
アルギン酸……褐藻の細胞壁を構成する成分で、コンブなどに含まれる。
アガロース、アガロペクチン、カラギーナン……紅藻の細胞壁を構成する成分で、寒天などに多く含まれる。
難消化性デキストリン……熟した果物などに含まれる成分で、食品市場に出回っているものはトウモロコシのでんぷんから作られるものが多い。特定保健用食品(トクホ)の許可を受けた食品の関与成分で一番多いのがこれ(2015年12月現在)[※4]。近年は機能性表示食品にも多く含まれている。
ポリデキストロース……グルコース、ソルビトール、クエン酸から化学的に合成された人工の水溶性食物繊維。
その他、レジスタントスターチ(難消化性でんぷん)のように、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維の特性をあわせもつものもあります。
食物繊維には次のような効果・効能が報告されています。
■食べすぎの防止
噛みごたえ・食べごたえがあり、少量でも満腹感が持続するため、食べすぎを防ぎます。
■整腸効果・便秘の解消
腸内の善玉菌を増やして腸内環境を整えます。また、腸のぜん動運動を促してお通じをよくします。
■動脈硬化を予防し、虚血性心疾患のリスクを低下させる
腸内のコレステロールを体外へ排出して動脈硬化を防ぎ、心筋梗塞や狭心症など虚血性心疾患を予防します。
■高血圧の予防
ナトリウムを排出して血圧を下げる効果があります。
■糖尿病の予防
食後の急激な血糖値の上昇を抑え糖尿病を予防します。
■がんのリスクを低下させる
腸内における発がん物質の生成を抑え、がんのリスクを低下させます。
食べ物として摂取された食物繊維は、まず口の中で咀嚼されます。不溶性食物繊維の多くは噛みごたえのあるもそもそとした食感を感じさせるものが多く、噛む回数が増え、咀嚼に時間がかかります。すると、満腹中枢が刺激されて少ない量でも飽満感を得られ、食べすぎを防ぐのです。
また、よく噛んで食べることであごの発育が促され、歯並びがよくなるほか[※5]、咀嚼は唾液の分泌を盛んにして口のなかを清潔に保つので、虫歯や歯周病の防止にもなると考えられています。[※6]咀嚼は「小さな全身運動」とも言われ、脳機能や代謝にも影響を与え、咀嚼そのものにも注目が集まりますが、それを助ける栄養素の一つが食物繊維でもあるのです。
食物繊維は保水力や吸着力が高いため、水分を含んで膨らみや粘性が増し、消化管のなかをゆっくりと移動します。このことによっても満腹感が持続すると考えられています。栄養学的にはエネルギー効率が悪いのですが、肥満に悩む現代人にはありがたい生理機能といえるでしょう。
粘性が増した食物繊維は、腸管の内壁を薄くおおうことで、栄養素の吸収速度を遅くします。この作用のおかげで、食後の血糖値の急激な上昇を抑え、糖尿病を予防することができるのです。また、ナトリウムやコレステロール、胆汁酸を包み込んで体外に排出するため、血圧やコレステロール値を下げ、高血圧や動脈硬化など生活習慣病のリスクを低下させることができます。[※7]
人間の消化酵素では消化されない食物繊維ですが、腸内に住む細菌には大切な栄養源(エサ)となっています。食物繊維は、乳酸菌やビフィズス菌のような善玉菌を増やし、クロストリジウムなどの腐敗菌(悪玉菌)を減らす力をもっており、腸内環境を健康な状態に保つことにも役立っているのです。
腸内の善玉菌は、食物繊維を消化してSCFAとよばれる短鎖脂肪酸を作ります。研究により、このSCFAが、体の免疫機構や有害物質の排出に大きく関与していることがわかりました。腸の上皮細胞を活性化させて病原菌やウイルスの侵入を防いだり、ぜん動運動を促進して有害物質を体外に排出したりしていたのはSCFAの作用だったのです。[※6]
最近の研究では、発がん物質など体に有害な物質の発生・吸収を抑える作用があることもわかっています。[※8]
食物繊維は体にとって有益な生理機能をいくつももっています。その組み合わせや、二次的な効果を考えると、美容や健康に幅広い効果・効能が期待できるといえるでしょう。
食事の量を抑え、便秘を解消することから、まず、ダイエットをしたいと思っているかたにはぴったりです。便秘からくる肌トラブルを解消し、腸内環境を整えでビタミンやミネラルの吸収をよくすることから、美容に関する効果も期待できます。
また、腸内環境を改善し、腸のバリア機能を高めたり、発がん物質の発生を抑えたりすることから、消化器系を健康に保ちたいかたにもおすすめです。食べ物の消化・吸収がスムーズになれば体のなかのさまざまな機能が活性化され、アンチエイジングにもつながります。
肥満を解消し、血糖値・血圧の上昇やコレステロールの吸収を抑制したい、という生活習慣病予備軍のかたにも効果が期待できます。食事のなかに積極的に食物繊維を取り入れてみてはいかがでしょうか。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」で定められた、食物繊維の1日当たりの目標量は、成人男性20g、成人女性18gとなっています。 [※9]
日本人の食物繊維摂取量は年々減少しています。2012年の国民健康・栄養調査の結果によると、平均で1日14.2gしかとれておらず、1947年には27.4gあった平均摂取量の半分近くになっています。[※10][※11] まずは基準値を目標に、積極的に摂取していくことが望ましいでしょう。
上限摂取量に関してはどうでしょうか。NHKの番組「きょうの健康」では、野菜と果物を合わせて1日約400g食べると、死亡率が下がるとされています。番組内で紹介された一例では、リンゴ1個、キウイ1個、サラダ1皿、野菜炒め1皿、ほうれんそうのごまあえ小鉢1つ分に相当するとのこと。[※12] 毎日これを超える量の野菜や果物をとることはないと思うので、上限摂取量はあまり気にしなくてもよさそうです。
ただし、サプリメントや健康食品での摂取の場合、体質や体調によっては食物繊維を摂りすぎることで下痢気味になったり、逆に便秘になったりすることもありえます。必要不可欠な栄養素でどちらかといえば私たち日本人は不足していますが、とはいえ過剰にならないようにしましょう。
静岡赤十字病院がⅡ型糖尿病患者8名を対象に、食物繊維を添加した食事と添加しない食事摂取後の血糖値とインスリン上昇に関する調査を行ったところ、食物繊維を添加した食事をとった後は、血糖値やインスリン量ともに30分後から抑制され、半数以上の患者さんには120分後までその効果が続いたという結果が出ました。このことから食物繊維は膵臓のβ細胞(インスリンの分泌を調整する細胞)の負担を軽減し、糖尿病を予防に寄与していることがわかりました。[※13]
また、水溶性食物繊維の摂取量と血中コレステロール値の関係についての研究では、健康な成人67人を対象に臨床試験を行ったところ、水溶性食物繊維を1日あたり2~10gを摂取している人に関して、血中総コレステロール値とLDL(悪玉)コレステロール値の低下が見られることがわかりました。[※14] 1992年に行われたメタアナリシス(複数の論文の研究結果をより高い見地から解析するもの)の結果では、1日3gの水溶性食物繊維を追加で摂取することによって、血中の総コレステロール濃度を約6mg/dL低下させることが可能であり、低下の度合いは総コレステロール値が高い人ほど大きくなるとしています。[※15]
食物繊維の歴史は古く、古代ギリシャの人々は小麦のふすまが便秘予防によいことを知っていたそうです。[※16] 1915年、コーンフレークを世に送り出したケロッグ社が、世界初の食物繊維配合シリアル「ブランフレークス」を発売。[※17] その後、食物繊維を使った健康食品が市場に少しずつ広まっていきました。
大きな転換期を迎えるのは1972年、イギリスの医師バーキットが医学誌「ランセット」誌上で食物繊維に関する新しい学説を発表したことです。その内容は「食物繊維が少ないと大腸がんのリスクが上がる」というもの。今まで、便秘予防に効く以外の効能は知られていなかった食物繊維の可能性に、全世界が注目しました。そして、これをきっかけに、急速に食物繊維への関心が高まり、次々と有用な健康効果が明らかにされていったのです。
1970年代以降、食物繊維に関する研究が進み、その特性や生理機能を裏付けるデータも出そろってきました。これを受けて厚生労働省も
「食物繊維の摂取不足が生活習慣病の発症に関連するという報告が多いことから、目標量を設定することが適当であると判断した。」[※9]としています。
食物繊維のすごいところは、栄養素ではないのに人間の体の健康維持に大きな影響を与えていることです。愛媛大学農学部の海老原清教授は、研究論文のなかで次のようにコメントしています。
“食物繊維の研究は栄養素中心の従来の栄養学に、栄養素ではない食品成分がヒトの栄養に重要な役割をはたしていることを明らかにした初めての例であり、「非栄養素の栄養学」の幕開けであった”[※18]
現在も食物繊維についての研究は続けられており、今後のさらなる発展が期待されます。
食物繊維を多く含む食べ物には次のようなものがあります。
■不溶性食物繊維を多く含む食べ物
マメ類、おから、切り干し大根、栗、しそ、みそ、酒粕、納豆、明日葉、ごぼう、トウモロコシ、大麦、キノコ類、ナッツ類、ぜんまい[※19]
■水溶性食物繊維を多く含む食べ物
海藻類、こんにゃく粉、にんにく、ゆりね、らっきょう、乾燥マッシュポテト、乾燥いちじく、ナツメ、ゆず、すだち、ごぼう[※19]
「食後の血糖値の上昇を抑える」「コレステロール値を下げる」といった生理機能は、食物繊維が水分を含み粘度を増すことで効果を発揮します。野菜や海藻など食事から食物繊維をとる場合は問題ありませんが、サプリメントなど、固形または粉末で食物繊維をとる場合は、水分が不足しているとかえって便秘になりやすくなります。たっぷり水分補給するようこころがけましょう。[※20]
また善玉菌と食物繊維の相乗効果によってさまざまな健康効果が発揮されるので、ヨーグルト、発酵食品(味噌やチーズや納豆)といった善玉菌を多く食品と組み合わせたり、善玉菌のエサとなるオリゴ糖と組み合わせたりして摂取するのも良いでしょう。
食物繊維は多様な食材に含まれている成分であり、副作用は特に報告されていません。
しかし、腸内のぜん動運動を刺激するため、いきなり大量に摂取すると下痢気味になったり、ガスでお腹が張ったりすることがあります。徐々に量を増やしていくようにしましょう。また、糖質の吸収を穏やかにするのと同じメカニズムで、ミネラルや脂溶性ビタミンの吸収を妨げてしまう場合があるため注意が必要です。[※20]