アリシンは、ニンニクや玉ネギを切ったりすり潰したりしたときに発生する、刺激的な香りの成分です。
ガンの予防をはじめとしたさまざまな効果が知られるニンニクの活性成分は、アリシンだとする考えもあります。
アリシンはビタミンB1と結合することで高い疲労回復効果を発揮するため、夏バテ防止やスタミナUPにも役立ちます。
アリシンは、ニンニクや玉ネギを切ったりすり潰したりすると発生する硫化アリルのひとつで、ネギ科の植物の刺激的な臭いの正体です。
切ったり潰したりすることで細胞が破壊され、アイリンという化合物がアリナーゼという酵素と反応することで作られます。
ニンニクやネギは独特の刺激臭が知られていますが、もともとの細胞にあるアイリン自体は無臭です。アイリンがアリシンに変化することで、強い臭いを発するようになります。[※1]
アイリンから変化して作られたように、アリシンも安定した成分ではありません。熱に弱く揮発性があるため、加熱すると別の成分に変化します。水溶性で水にも流れやすい性質があります。
ちなみに、以前までは玉ネギを切ったときに出る涙の原因もアリシンだとされてきました。しかし研究が進むにつれ、玉ネギの催涙成分はアリシンではなく、アリナーゼと催涙因子合成酵素という2つの酵素の作用であることが分かっています。[※2]
アリシンには以下の効果・効能が期待されています。[※1] [※3]
■ガンの予防効果
ニンニクはアメリカ国立ガン研究所を中心とした、食事によるガンの予防を目的とするプロジェクトにおいても、ガンに有効な食品群のピラミッドの頂点に位置しています。
アリシンはナチュラル・キラー細胞の働きを高めるため、ニンニクのガンを予防する効果にも、アリシンの作用が関係していると考えられています。
■疲労回復効果
アリシンは、疲労回復効果が知られるビタミンB1と結合して、その効果を高めてくれる作用があるため、疲労回復に効果的だと言われています。
また、アリシンは、ニンニクやネギの香り成分です。とくにニンニクの生の臭いは刺激的ですが、加熱したり調味料と混ぜたり、食材と合わせることで、食欲をそそる独特の香りを放ちます。香りによる食欲増進効果でしっかりと栄養をとれることが、疲労回復にもつながります。
■血液をサラサラにする効果
アリシンなどの硫化アリルには、血液が固まりやすくなるのを防ぎ、血流を促す作用があります。そのため血栓が作られるのを防ぎ、脳梗塞や動脈硬化を予防する効果も期待できます。
■感染症の予防
アリシンは、バクテリアやカビなどに対する強い抗菌活性を持つことでも知られます。そのため細菌感染症の予防効果もあるのではと考えられています。
また、風邪の予防効果についても研究されています。イギリスで行われた実験では、アリシンのサプリメントの摂取で、風邪を引きにくくなり、さらに風邪を引いても回復力が高くなったとの結果が報告されています。[※4]
■生活習慣病の予防
アリシンの優れた抗酸化作用により、活性酸素の害から体を守る効果が期待できます。増えすぎた活性酸素は、悪玉コレステロールを酸化させ、生活習慣病の原因になります。
アリシンは体内でビタミンB1と結合して、アリチアミンになります。[※1]ビタミンB1は、新陳代謝を促し、エネルギーの生産力を高めてくれる作用があり、疲労回復に欠かせない成分です。
通常ビタミンB1は、使われないと尿として体外に排出されてしまいますが、アリチアミンは血液中に長くとどまるため、分解されにくく、吸収率が高まります。
そのためアリチアミンは、活性持続型ビタミンとも言われています。アリシンはビタミンB1と結合することで、疲労回復や体力の増強に優れた効果を発揮するのです。
また、アリシンを低温で熱するとアホエンという物質に変化します。[※5]アホエンにはコレラ菌・サルモネラ菌・ブドウ球菌などの各種の細菌の増殖を抑える作用が認められ、血流改善や血栓形成を予防する効果なども期待されています。
さらに、アリシンが熱と油で溶けて分解・結合すると、二硫化アリル(ジアリルジスルフィド)などの安定した硫黄化合物のスルフィド類に変化します。[※1]このスルフィド類には、血液サラサラ効果や、血圧を下げる作用などがあるとされています。
このように不安定な性質のあるアリシンは、調理の過程や体内で分解・結合することで、さまざまな健康効果をもたらす安定した成分へと変化していくのです。一般的に言われるアリシンの効果・効能には、アリシンが変化した化合物の効果も含まれていることが多いです。
アリシンは疲労回復や滋養強壮に役立つ成分として知られ、疲労を感じるときや、夏バテで食欲がなく元気が出ないといった時に効果的です。
また、風邪などの感染症の予防効果も期待されるため、季節の変わり目など、体調を崩しやすい時期に積極的に摂取したい成分でもあります。
厚生労働省の発表する「日本人の食事摂取基準」などでは、アリシンの摂取量は定められていません。
世界保健機構(WHO)が発表する、健康のためのガイドラインでは、1日に生ニンニクは2~5 g、ドライガーリックパウダーは0.4~1.2 g、ガーリックオイルでは2~5 gほどが適量として推奨されているので、参考にするとよいでしょう。[※6]
ところで、健康のために毎日継続してアリシンを摂取したいと思ったときに、問題になってくるのがその臭いです。とくに接客業や営業の仕事をしている人などは、口臭が気になって食べられないという場合も多いものです。
そのため、ニンニク臭の消臭についての研究[※7]や、開発[※8]も進められています。アリシンを含有した健康食品では、卵の卵黄と一緒にカプセルにしたり、ほかの成分でコーティングしたりと、臭いが気にならないように工夫されているものもあります。
臭いを気にせずアリシンを気軽に摂りたいという人は、市販されている健康食品を試してみるのもひとつの方法です。
さまざまな機能性が知られるアリシンですが、とくにアリシンを多く含むニンニクには、ガンの予防効果についての研究が多くされています。[※6]
アメリカのアイオワ州の高齢女性を対象にした集団調査によると、ニンニクの摂取量と結腸ガンのリスクとの相互関係が認められ、ニンニクの摂取量が最も多いグループでは、最も少なかったグループに比べて、遠位結腸ガンのリスクが50%減少したということです。
ほかに、腸ガン、胃ガン、膵臓ガン、前立腺ガン、乳ガンについても、集団調査の結果、アリシンを含むニンニクや玉ネギなどを摂取することで発症リスクが減少したという報告がアメリカやヨーロッパ、中国などの研究機関からされています。
ヒトに対する臨床試験では、高い胃ガン発症リスクのある中国人男女5000人超を対象に、5年間にわたってニンニクの抽出液とセレンを隔日投与するグループと、プラセボ群とを比較したところ、ニンニク抽出液とセレンを投与したグループのほうが、すべての腫瘍の発症リスクが33%減少し、胃ガンリスクは52%減少したという報告があります。
しかしその一方、別の臨床試験では、胃に慢性胃炎などの前癌病変のある患者を対象としたニンニクのサプリメントの投与で、前癌病変の改善や胃ガン発症リスクの減少効果は認められなかったということです。
試験ではニンニクとほかの成分を併用しているケースも多く、またアリシン自体が不安定な成分のため、使用されたニンニクの状態によっては成分が変化している可能性もあります。
そのためアリシンの効果の特定に至るデータは報告されていません。今後のさらなる研究により、ニンニクおよび、アリシンのガンの予防効果が明らかになることが期待されます。
アリシンは、1944年にアメリカのカバリトとベイリーにより発見されました。さらに、1951年、ストールとシーベックによって、アイリンが酵素のアリナーゼによって分解・合成されることが見出されました。[※9]
ニンニクの普及が遅れていた日本でも、20世紀中頃から研究が盛んになります。そして1951年、京都大学の藤原元典博士の研究によって、アリシンとビタミンB1が結合してアリチアミンが合成されることが発見されました。[※10]
1990年にアメリカの国立ガン研究所を中心としたデザイナーズフーズ計画という食品におけるガンの予防研究が開始され、ピラミッドの頂点である一群にニンニクが挙げられたことで、ニンニク、およびニンニクの含む成分であるアリシンにも注目が集まります。
現在もさまざまな機能性が多方面から分析され、研究が進められています。
日本生物工学会の学会誌の中で、大阪市立大学 荻田亮准教授は、
「多くの実験が行われ、ニンニク抽出液が幅広い抗菌スペクトルを示すこと、その抗菌作用の主たる活性成分はアリシンであることが示された」(日本生物工学会 生物工学会誌 第89巻 バイオミディア ニンニク成分の知られざるはたらき[※11]より引用)
として、ニンニクの生体機能調整作用や、さまざまな薬理作用にアリシンの関与があることを示唆。
そして、
「アリシンに認められたエルゴステロール輸送系の阻害活性は、ニンニクが示す高脂血症の抑制効果に通じるものがあるのかもしれない。今後、分子レベルでの解析が進められ、アリシンをはじめとする食品由来成分が臨床医療において活躍することを期待している」[※11]
との見解を示しています。
一方、ニンニク研究の第一人者でもある日本大学の有賀豊彦名誉教授は、ラジオのインタビューの中で
「ニンニクを鍋で煮込んだり油で炒めたりすれば、アリシンが結合して安定した硫黄化合物「スルフィド」になるんです。そしてニンニクが体に良い働きをするのは、このスルフィド類の力です。」(ピートのふしぎなガレージ 2017.09.02 第230話 ニンニク[※12]より引用)
と、アリシンから作られる二硫化アリルなどのスルフィド類が重要であると述べています。
古代文明の時代から栽培されてきたニンニクですが、近年の研究や分析技術の進歩から、徐々にその機能性や健康成分が明らかにされつつあります。
ニンニクの活性成分はアリシンであるとする意見はあるものの、ニンニクの作用がアリシンと結びつくかを決定づけるデータは示されておらず、今後のさらなる解明が待たれます。
アリシンを含む食品には、ニンニクや玉ネギ、長ネギ、ニラ、ラッキョウなどがあり、とくにニンニクに多く含まれています。
ただ、アリシンは素材そのものに含まれているのではなく、切ったり潰したりして細胞を壊すことにより、酵素の働きで作られます。そのため、アリシンを摂取したい場合は、切らずに調理するニンニクの丸焼きなどはおすすめできません。
また、アリシンを効率よく摂取するためには、調理の仕方にも工夫が必要です。アリシンは水溶性のため、玉ネギなどの辛味をとるために長時間水にさらした場合、流れ出てしまう可能性があります。
アリシンは加熱せずに、生のまま摂取するほうが高い効果が得られるとする報告もありますが[※13]、そのままだと刺激が強く、継続的に摂取することは現実的ではありません。
熱を加えて変化したアホエンやスルフィド類にも優れた作用が期待できるので、加熱に関してはそこまで神経質になる必要はないと言えそうです。
ニンニクは冷蔵庫の中で余りがちな食材でもありますが、中途半端に残ったニンニクは調味料と合わせてガーリックバターやニンニク味噌などにすると、トーストや炒めものなど、さまざまなレシピに活用できるのでおすすめです。[※14]
アリシンはビタミンB1と一緒に摂ることで、相乗効果により疲労回復力が高まります。
ビタミンB1は、豚肉やうなぎなどに多く含まれています。
ニンニクやニラなどと豚肉を炒めた料理は、「スタミナ炒め」などと呼ばれますが、その名の通り、疲れを癒して体を元気にしてくれる効果が期待できます。
アリシンはニンニクや玉ネギなどに含まれ、通常の料理で安全に使用されている成分です。
ただし、過剰に摂取することで、胸やけ、嘔吐、下痢症状、貧血などを起こす恐れがあります。
とくに空腹時や胃腸が弱っている時などは症状が出やすいので、過剰摂取を避け、生ではなく、なるべく加熱した状態で摂取するようにしましょう。[※1]