生体を構成する主成分であるたんぱく質は、アミノ酸から作られています。アミノ酸はたんぱく質のパーツであるだけではなく、数多くの有用な生理機能をもっています。筋肉の合成やエネルギーの代謝を司り、肌細胞や脳機能の活性化に大きく貢献する栄養素で、わたしたちの健康維持のために欠かせない存在です。
渋谷DSクリニック 林 博之医師監修
アミノ酸とはたんぱく質を構成する最小単位の成分です。自然界には約500種類のアミノ酸が存在しており、それらが複雑に組み合って、多種多様なたんぱく質を作り上げています。
わたしたちの体の約20%、水分をのぞいた固形分の約50%がたんぱく質でできています。体を作るのに必要なたんぱく質の種類は10万種類におよびますが、それを構成するのに必要なアミノ酸はたった20種類です。[※1]
20種類のアミノ酸のうち、9種類は体内で合成できません。これらは「必須アミノ酸」と呼ばれ、食事やサプリメントなど体外から摂取する必要があります。残りの11種類は「非必須アミノ酸」と呼ばれ[※2]、必要に応じて体内で合成することができますが、生体内の活動に重要な役割をもつ成分も多いので、どちらもバランスよく摂取することが大切です。
■必須アミノ酸9種
バリン、ロイシン、イソロイシン、ヒスチジン、トリプトファン、メチオニン、フェニルアラニン、リジン、スレオニン
■非必須アミノ酸11種
アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン、プロリン、システイン、セリン、アスパラギン、アラニン、チロシン、グリシン、グルタミン酸
アミノ酸には次のような効果・効能があるといわれています。
■体力や筋力の向上
筋肉の量を増やして筋力を向上させ、持久力をアップします。
■脂肪燃焼促進
体内の脂肪をエネルギーとして燃焼しやすくします。
■疲労回復
運動によって損傷した筋肉の回復に役立ちます。
■免疫力を高める
粘膜の機能や免疫細胞の活性を高め、免疫力をアップします。
■脳の機能を活性化させる
脳の代謝を促進し、集中力を高めたり、記憶や神経系の機能を向上させたりします。
■美肌・美髪効果
肌や髪のうるおいを保つはたらきをします。
■リラックス・睡眠効果
ストレスを軽減したり、睡眠を改善したりします。
アミノ酸の一番のはたらきといえば、やはり体を作る筋肉への効果でしょう。その中心になるのは、バリン、ロイシン、イソロイシンの3つ。これらはBCAA(分岐鎖アミノ酸:branched-chain amino acids)とよばれるアミノ酸群で、筋肉合成の促進や分解抑制、疲労の軽減や回復に深く関わっています。
筋肉は通常、糖質(グリコーゲン)をエネルギー源として動いていますが、糖質が足りなくなると自分自身の筋たんぱく質を分解してBCAAに変え、それをエネルギーとして使うようになります。こうした筋たんぱく質の分解は、BCAAを運動前に外部から摂取することで抑制でき、運動による持久力を長時間維持できることがわかりました。
BCAAには運動後に損傷した筋肉を修復・増強するはたらきもあります。特にロイシンは膵臓からのインスリン分泌を促進し、筋たんぱく質の合成を活発にすることが報告されています。[※3]
BCAAは脳内のセロトニンの量をコントロールすることで、疲労を軽減させる効果もあります。長時間の運動が続くと、脳内にセロトニンを分泌するトリプトファンが増え、疲労を感じるようになります。これは、血中のBCAAが減ることで、トリプトファンが脳内に取り込まれやすくなるために起こります。逆に血中のBCAAが増えると、トリプトファンが取り込まれにくくなり、結果的にセロトニンの量を抑え、疲労をあまり感じなくなるのです。[※3]
こうした脳へのはたらきも、アミノ酸の特性の1つです。アルギニンやヒスチジンのように成長ホルモンの合成を促し、病気にかかりにくい体をつくったり、傷を治癒したりするものや、リジン、チロシン、セリン、グルタミン酸など、脳のはたらきを活性化させる栄養素として知られているものもあります。[※4]
セロトニンの原料となるトリプトファンや、ドーパミン・アドレナリンの元となるフェニルアラニンは、ストレスを取り除いて気持ちをリラックスさせる作用があり、睡眠の改善にも効果を発揮します。グリシンは脳に作用して血管を拡張させ、睡眠前の深部体温(体の中心部の体温)を下げることで自然な睡眠へと導きます。[※5]
アミノ酸は肌や髪に多く含まれる成分で、美容のカギを握っているともいわれます。肌の保湿や弾力成分の代表ともいえるコラーゲンも、さまざまなアミノ酸からできています。
肌の細胞内には天然保湿因子(NMF:Natural Moisturizing Factor)という保湿因子が存在しています。NMFの約半分は、アミノ酸とアミノ酸からつくられるピロリドンカルボン酸(PCA:Pyrrolidone Carboxylic Acid)で構成されています。[※6] NMFの材料となるグルタミン酸やプロリン、アルギニンなどは、美肌づくりに欠かせない存在なのです。
脂肪燃焼効果を促進するアミノ酸もあります。リジン、メチオニン、プロリン、アラニン、アルギニンなど“脂肪燃焼系アミノ酸”とよばれるアミノ酸群は、脂肪分解酵素であるリパーゼのはたらきを活性化することで、体内の脂肪を燃焼しやすくするとされています。また、脂肪の燃焼を助ける物質の材料でもあります。脂肪を燃やすためにはカルニチンという物質が必要ですが、カルニチンはリジンとメチオニンから合成されるのです。[※7]
アミノ酸にはそのほか、肝機能を向上させて解毒作用をサポートし、体内の代謝を整えるはたらき(メチオニン、リジン、スレオニン、アスパラギン酸)、粘膜のバリア機能を強化したり、免疫細胞を活性したりして免疫力を高めるはたらき(アラニン、アルギニン、グルタミン、システイン、アスパラギン)などもあります。[※7]
アミノ酸はすべての人の健康維持に欠かすことのできない成分ですが、目的別に摂取するのもおすすめです。
BCAAなど体力づくりに高い効果を発揮するアミノ酸は、アスリートや筋力トレーニング中のかたにぴったりです。プロテインでも効果は変わりませんが、アミノ酸のほうが体への吸収が早いのです。[※8]トレーニング中の筋肉へのダメージを抑え、トレーニング後の筋肉の合成を活発にしてくれます。疲労回復効果もあるので、体にダメージを残すことなくトレーニングを続けることができます。
脂肪燃焼効果の高いアミノ酸は、トレーニング中のスポーツ愛好者だけでなく、ダイエットを考えているかたにもおすすめです。有酸素運動と脂肪燃焼系のアミノ酸を組み合わせれば、より効果的に脂肪を減らすことができるでしょう。
気持ちが落ち込む、よく眠れないといったかたは、リラックス効果のあるアミノ酸(トリプトファンやグリシン)に効果が期待できます。成長ホルモンの合成を促すアミノ酸(例えばアルギニン)にも睡眠を改善するはたらきがあります。
肝機能を改善したり免疫力を高めたりするはたらきもあるので(特にアラニンやグルタミン)、健康な生活を送りたいかた、体力が低下しがちな高齢のかたなどの助けにもなるでしょう。
厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では、1日あたりのたんぱく質の食事摂取基準量(ここでは推定平均必要量)を、成人男性50g、成人女性40gと定めています。[※9]
必須アミノ酸についても推定平均必要量を算出していますが、食事のたんぱく質が推定平均必要量をクリアしていれば、通常、必須アミノ酸が不足することはありません。[※2]
運動によって消費されるBCAAのようなアミノ酸は別枠で考えられており、BCAAによって運動パフォーマンスを向上させるためには、運動30分前から運動中に2000mg以上を摂取する必要があるとされています。[※10]
摂取上限量については、根拠となるような過剰摂取の健康障害がないことから、特に設定されていません。[※9]
BCAAに関しては国内外で数多くの研究結果が発表されています。ラットに1時間運動させたあと、バリン、ロイシン、イソロイシンを1:2:1で含むエサを与えたところ、エサを与えなかったラットに比べて筋たんぱく質が分解しにくくなっているという結果が出ました。このことから、BCAAが筋タンパク質の分解を防ぎ、筋肉の合成スピードを上げる効果があることがわかります。[※11]
また、運動習慣のない健康な女子学生16名を対象に行った筋肉痛とBCAAに関する調査では、1セット20回のスクワット運動を7セット行い、運動直後から5日後までの筋肉痛について評価をしてもらったところ、運動前にBCAAを摂取した学生は、摂取しなかった学生に比べて筋肉痛の度合いが低いことがわかりました。BCAAは疲労の軽減や回復に寄与していると推測されます。[※12]
ちなみに大塚製薬株式会社からは販売されているスポーツドリンクの「アミノバリュー」は「運動による体の疲労感をやわらげる」ことを表示した機能性表示食品です。
他にもロイシンを機能性関与成分とし「加齢によって衰える筋肉を作る力をサポートする」商品が味の素株式会社から、グリシンを機能性関与成分とし「睡眠の質を高める」商品がやはり味の素株式会社から販売されています。
アミノ酸のもつ生理機能については、学術論文上に発表された研究報告ではなく、味の素株式会社、協和発酵バイオ、グリコといった医薬品および食品メーカーが、独自にデータを収集しているものもたくさんあります。興味のあるかたはこうしたメーカーのサイトを参考にしてみてください。
1806年、フランスでアスパラガスの芽から初めてのアミノ酸が発見され、アスパラギンと命名されました。その後、システイン、グリシン、ロイシンなどが次々と見つかり、1935年までにタンパク質を構成するアミノ酸がすべて解明されました。[※13]
アミノ酸は原始地球において、生命の素材となった存在とされています。宇宙から飛来した隕石からも、微量のアミノ酸が発見されており、地球以外にも生命体が存在した痕跡だと考えられています。1969年、オーストラリアのマーチソンに落下した隕石からは、グリシン、アラニン、グルタミン酸などが確認されました。[※14]
近年は、個々のアミノ酸のもつ機能性やメカニズムが徐々に明らかになり、さまざまな健康食品や清涼飲料が開発されています。
アミノ酸についての研究は今後どのような発展を見せるのでしょうか。東京大学名誉教授農学博士の高橋迪雄先生は、ウェブインタビューのなかで「アミノ酸は生きる力を強めるための最適な素材の1つである」としています。
“私達は進化の歴史の中でアミノ酸は全てタンパク質を消化(分解)することで取ってきましたから、改めて個々のアミノ酸を、アミノ酸をそのままの形で食べると、今まで見付かってなかったような機能が浮き出してくるのです。大切なことはこのようにして見つかった機能は、ヒトがもともと持っていた機能に限られるということで、「生きる力」を強めるための最適な素材の一つであると確信しています。”[※15]
アミノ酸はたんぱく質という必須栄養素の部品であり、人間は「摂取したたんぱく質をアミノ酸に分解し、新しいたんぱく質を合成する」作業を続けながら生きています。今まではたんぱく質の素材として見られていたアミノ酸ですが、アミノ酸自体に焦点を当てることで、今後もさらなる機能性の発見につながることでしょう。
アミノ酸を多く含む食べ物を定量化するために「アミノ酸スコア」という指標がよくつかわれます。アミノ酸スコアは食べ物に含まれる必須アミノ酸の割合を示したもので、アミノ酸を摂取する際の目安になります。スコアが高い食品は、必須アミノ酸をバランス良く&たくさん含んでいます。スコアの低い食品でも、ほかの食品と組み合わせて摂取したり、不足分をサプリメントで補ったりすれば、体内で効率良くたんぱく質を合成することができます。[※16]
■アミノ酸スコア100の食品
鶏肉、豚肉、馬肉、アジ、サケ、カツオ、イワシ、牛乳、ヨーグルト、卵、大豆など
たんぱく質合成に関わる20種類のアミノ酸は、お互いが相乗効果を発揮する成分同士です。ほかのアミノ酸の材料となり、生体のなかで拮抗しながら、生理機能をコントロールしています。そのため、たんぱく質合成の基礎となる必須アミノ酸をバランス良く摂取することが大切です。
厚生労働省は、根拠となるような健康障害がないためたんぱく質に耐容上限量は設定しないとしています。しかし、たんぱく質の摂りすぎは、内臓疲労やカロリーオーバーによる肥満などをまねき、尿路結石の原因にもなる可能性もあります。過剰摂取には注意が必要です。[※17]